第六章 契約と条件


契約が結ばれた翌日から、事態は急速に動き始めた。


アルヴィンは約束通り、必要な資材と人員を手配してくれた。魔石の残滓は大量に確保され、砕石を採掘する許可も下りた。スラム街に仮設の作業場が設けられ、合材の製造が本格化した。


「すごいですね……」


リーナが呆然と呟いた。


作業場には、数十人の労働者が集まっていた。誠一の指揮のもと、残滓と砕石を混合し、加熱し、合材を製造している。


「まだ序章だ」


誠一は言った。


「これから三百キロの街道を舗装する。この規模では全然足りない」


「三百キロ……」


気の遠くなるような距離だ。しかし、誠一の目には決意が宿っていた。


「やるしかない。時間をかければ——必ずできる」


チームも拡大した。


ベルンが声をかけた土魔法使いの若者たちが数人加わった。彼らは路盤整備の作業を担当する。


エマは水魔法の訓練を重ね、より精密な散水ができるようになっていた。彼女の下にも、見習いの少年少女が付くようになった。


そしてグラム——


「できたぞ」


ドワーフが、工房から巨大なゴーレムを連れてきた。


高さ三メートル以上、幅二メートル以上。全身が鋼鉄で覆われ、胸部には魔力を込めた水晶が埋め込まれている。そして——前面には、平らな敷き均し板が取り付けられていた。


「これが——フィニッシャー・ゴーレムか」


誠一は感嘆の声を上げた。


「そうだ。お前さんの図面通りに作った。敷き均し板は前後に動くし、幅も調整できる。振動機構も付けた」


「振動——スクリードの代わりか」


「ああ。これで合材を均しながら、同時に締め固めができるはずだ」


試運転を行った。合材の山にゴーレムを向かわせ、敷き均し板を動かす。


——見事だった。


合材は均一に広がり、振動機構によって表面が滑らかになっていく。人間がレーキで何時間もかけてやる作業を、ゴーレムは数分でこなした。


「これで——効率は十倍になる」


誠一は拳を握りしめた。


「グラム、あんたは天才だ」


「当然だ。わしはドワーフの職人だからな」


グラムは誇らしげに髭を撫でた。


しかし——課題も残っていた。


「転圧用のゴーレムが必要だ」


誠一が言った。


「ローラー・ゴーレム。重い鉄の円筒で、上から圧力をかける。密度を上げるためには、これが不可欠だ」


「もう一台作れと言うのか」


「ああ。できるか」


グラムは考え込んだ。


「……時間がかかる。フィニッシャーを作るのに一ヶ月かかった。ローラーも同じくらいかかるだろう」


「それでいい。その間に、最初の工区を舗装する」


誠一は地図を広げた。


「まずはここだ。王都から三十キロ地点まで。最も状態の悪い区間を先に舗装する」


リーナ、ベルン、グラム、エマ——四人の仲間が、地図を覗き込んだ。


「ここが——スタート地点ですね」


リーナが呟いた。


「ああ。ここから——始まる」




最初の工区の舗装が始まった。


毎朝、日の出とともに作業員たちが集合する。誠一は「朝礼」を導入した。日本の建設現場で行われているのと同じ、安全確認とその日の作業内容の共有だ。


「今日の作業は、第三区間の路盤整備と第二区間の表層舗装だ。危険箇所は——」


誠一が説明し、ベルンが土魔法使いたちに指示を出し、グラムがフィニッシャー・ゴーレムを動かす。


最初は戸惑いも多かった。この世界の人々は、「朝礼」という概念を知らなかったからだ。しかし、効果はすぐに現れた。


事故が——激減したのだ。


「なるほど……」


元傭兵のガルドが感心した声を上げた。彼は現場警備と人夫頭を任されている。


「毎朝、危険なことを確認しておけば、作業中に注意できる。理にかなっている」


「KY活動という。日本では——俺のいた世界では、当たり前のことだ」


「ケーワイ活動……」


「危険予知活動の略だ。この世界では——そうだな、『危険予知の儀』とでも呼ぶか」


その名前は、作業員たちの間で定着した。毎朝の「危険予知の儀」は、舗装工事の象徴的な儀式となっていった。




作業は順調に進んだ——とは言い難かった。


問題は、次々と発生した。


「誠一さん、合材が足りません」


リーナが報告してきた。


「何?」


「魔石の残滓の供給が滞っています。王都の在庫が底をつきつつあるようです」


「くそ……」


誠一は舌打ちした。


廃棄物だから無尽蔵にあると思っていたが、それは甘かった。魔石自体の消費量がそれほど多くないため、残滓の発生量も限られているのだ。


「他の場所から調達できないか」


「近隣の都市に問い合わせてみます。ただ、輸送に時間がかかるかもしれません」


「やってくれ」


材料の確保は、常に課題だった。


人員の問題もあった。


「あの連中、また来てますぜ」


ガルドが渋い顔で報告してきた。


現場の近くに、集団がたむろしている。見るからにガラの悪い連中だ。


「誰だ」


「荷運び人夫のギルドです。道路が良くなると、仕事が減ると言って——」


「俺たちに嫌がらせか」


「そのようで」


既得権益との衝突。予想はしていたが、こうも早く表面化するとは。


「放っておけ。手を出してきたら——その時は対処する」


「了解」


神殿からの圧力もあった。


「黒田誠一殿——」


ある日、白い法衣を着た神官が現場を訪れた。


「あなたの技術は、邪法であるという報告が上がっています」


「邪法?」


「はい。魔石の残滓を使って地面を固める——それは、神の定めた自然の摂理に反する行為だと」


誠一は呆れた。


「道路を作ることが、神の摂理に反するのか」


「地面は、神が作られたものです。それを人間が改変することは——」


「馬鹿げている」


誠一は遮った。


「道路を作るのは、人間の知恵だ。神がどうこうする問題じゃない」


神官の顔が険しくなった。


「その傲慢さが——」


「傲慢なのはそっちだ」


誠一は一歩踏み出した。


「俺は技術者だ。泥まみれの道路を見て、人々が苦しんでいるのを見て、何もしないでいられるか。神が作った地面だから触るなと言うなら——その神に俺から言ってやる。もっとマシな道路を作れ、と」


沈黙が流れた。


神官は怒りで顔を紅潮させていたが、やがて踵を返して去っていった。


「……大丈夫ですか」


リーナが心配そうに言った。


「神殿を敵に回すと、厄介ですよ」


「分かっている。しかし——言わずにはいられなかった」


誠一はため息をついた。


問題は山積みだ。材料不足、既得権益の反発、宗教的な妨害——しかし、立ち止まるわけにはいかない。


「作業を続けよう」


誠一は言った。


「道路は——待ってくれない」




半年が経過した。


第一工区——王都から三十キロ地点まで——の舗装が、ついに完成した。


黒々とした舗装道路が、緑の草原を貫いて伸びている。幅は六メートル、両側には排水溝が設けられ、適度な勾配が付けられている。


「……美しい」


リーナが呟いた。


「こんな道路、見たことがありません」


「これが舗装道路だ」


誠一は胸を張った。


試験走行が行われた。王都から荷車が出発し、舗装された区間を走破する。


結果は——驚異的だった。


通常、この区間を荷車で通過するには丸一日かかる。しかし、舗装された道路では——わずか三時間だった。


「三時間……!」


報告を聞いたアルヴィンが、信じられないという顔をした。


「本当か」


「はい。しかも、荷車の損傷は皆無でした。馬も疲れていません」


「素晴らしい……」


王子は目を輝かせた。


「これが——道路の力か」


「まだ三十キロだ」


誠一が言った。


「残り二百七十キロ。全線が舗装されれば——」


「世界が変わる」


アルヴィンは断言した。


「黒田誠一殿。私は——あなたを信じる」

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