第五章 噂の広がり
スラム街の広場が舗装されてから、一週間が経った。
噂は、驚くべき速さで王都中に広がった。
「スラム街に、泥にならない地面ができたらしい」
「雨が降っても、服が汚れないんだと」
「どこかの変人が作ったって話だ」
好奇心旺盛な者たちが、次々とスラム街を訪れるようになった。商人、職人、学者、そして——
「あれが……舗装道路ですか」
若い貴族風の男が、広場を見下ろしながら言った。付き人を二人連れており、身なりからして相当な身分の人物だ。
誠一は男を観察した。土石鑑定を発動する。
【アルヴィン・フォン・グラントヴィア 人間 年齢:28歳 職業:第二王子 魔力:風属性(中) 気質:現実主義、野心的、孤独】
——第二王子。
「ああ、舗装道路だ。見ての通り、雨が降っても泥にならない」
誠一は平静を装って答えた。
「あなたが——黒田誠一殿ですか」
「そうだ」
「噂は聞いています。遠い国から来た道路技術者だと」
アルヴィンは広場に足を踏み入れた。舗装された地面を踏みしめ、目を細める。
「固い。そして——滑らかだ」
「当然だ。舗装とはそういうものだ」
「これを——街道に敷くことは可能ですか」
直球の質問だった。
「可能だ。ただし、資金と人員と時間が必要になる」
「どれくらい」
「規模による。王都から最前線まで三百キロと聞いている。全線を舗装するなら——数年はかかる」
アルヴィンは黙って考え込んだ。
「……王城で、詳しく話を聞かせてもらえますか」
「構わない」
誠一は頷いた。
第二王子との接触——予想より早かった。噂の力は侮れない。
王城は、王都の中心にそびえる白い城だった。
城門をくぐり、長い廊下を歩く。誠一の隣にはリーナが付き添っていた。元貴族として、宮廷の作法を知っている彼女がいなければ、ここに入ることすらできなかっただろう。
「緊張していますか」
「いや。俺は技術者だ。王子だろうが誰だろうが、話すことは同じだ」
「……強いですね」
リーナが微笑んだ。
謁見の間に通された。広い部屋の奥に、簡素な椅子が置かれ、アルヴィンが座っていた。玉座ではない。あくまで私的な会見という位置づけらしい。
「来てくれたか。座ってくれ」
促されて椅子に腰を下ろす。
「まず——なぜ道路なのだ」
アルヴィンが尋ねた。
「なぜ、道路を作ろうと思った。魔法の研究でも、武器の開発でもなく——」
「道路がすべての基盤だからだ」
誠一は即答した。
「道路が良ければ物資が届く。物資が届けば経済が回る。経済が回れば国が豊かになる。軍も、商業も、市民生活も——すべては道路の上に成り立っている」
「……なるほど」
アルヴィンは顎に手を当てた。
「私も同じ考えだ。補給こそが戦争の要。しかし——」
「しかし?」
「誰も理解してくれない」
王子の声には、苦い感情が滲んでいた。
「兄上——第一王子は、魔法と武力で魔王軍を倒すべきだと主張している。より強力な魔法、より精強な軍隊があれば勝てると。しかし現実は——」
「補給が追いついていない」
「そうだ。最前線のノルドヴァント砦は、慢性的な物資不足に悩まされている。冬になると、餓死者が出ることすらある」
「道路のせいだ」
誠一は断言した。
「王都から砦まで三百キロ。荷車で二週間以上。輸送中の損耗率三割。これでは、いくら物資を送っても足りない」
「その通りだ」
「舗装すれば——状況は劇的に変わる」
「どれくらい変わる」
「移動時間は三分の一以下になる。損耗率はほぼゼロにできる。つまり——同じ人員と物資で、三倍以上の補給能力を確保できる」
アルヴィンの目が、大きく見開かれた。
「三倍……!」
「控えめに見積もっての話だ。実際には、もっと効果があるかもしれない」
沈黙が流れた。
アルヴィンは立ち上がり、窓辺に歩み寄った。外を見つめながら、静かに言った。
「……黒田誠一殿。私には——支持者が少ない」
「知っている」
「第一王子派は強大だ。軍部を掌握し、魔法至上主義の貴族たちを味方につけている。私が王位を継ぐ可能性は——低い」
「それでも——」
誠一は言った。
「あんたは正しい」
アルヴィンが振り返った。
「補給と兵站こそが戦争の要だ。道路こそが国家の基盤だ。それを理解しているあんたは——正しい」
「……」
「俺は技術者だ。政治のことは分からん。しかし、技術者として言えることがある。正しい技術は、いずれ認められる。結果が——すべてを証明する」
王子は、長い間誠一を見つめた。
「……いいだろう」
やがて、アルヴィンは静かに言った。
「黒田誠一殿。私と契約を結ばないか」
「契約?」
「あなたに——王都から最前線までの街道整備を任せたい。報酬は、道路建設の自由と、必要な資材・人員の確保を約束する」
誠一は目を細めた。
「王家の正式な命令ではないな」
「ああ。私個人の依頼だ。正式な国家事業にするには——まだ力が足りない」
「それでも構わない」
誠一は立ち上がった。
「俺がやりたいのは、道路を作ることだ。誰の命令かは、関係ない」
アルヴィンは微笑んだ。
「……変わった男だ」
「よく言われる」
二人は握手を交わした。
これが——黒田誠一と第二王子アルヴィンの、最初の契約だった。
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