第四章 最初の一歩
石の残滓を加熱する設備が必要だった。
誠一は鍛冶屋を訪ね、大きな鉄鍋を特注した。直径一メートル以上、深さ三十センチ。残滓と骨魔材を混ぜ合わせるためのものだ。
「何に使うんだ、こんなでかい鍋を」
鍛冶屋の親方が怪訝な顔で尋ねた。
「道路を作る」
「道路? 鍋で?」
「ああ。見ていれば分かる」
親方は首を傾げながらも、注文通りの鍋を作ってくれた。
次に火力だ。残滓を軟化させるには、約百六十度まで加熱する必要がある。通常の焚き火では温度が足りない。
「火魔法使いを探さないと——」
「あ、あの……」
背後から、小さな声がした。
振り返ると、少女が立っていた。十四、五歳くらいだろうか。痩せた体躯に、擦り切れた服を着ている。スラム街の子供だ。
「何だ?」
「あの……火魔法、使えます。私」
少女は怯えたような目で誠一を見上げた。
「火魔法が使えるのか?」
「はい……でも、弱いんです。戦闘には使えないって、追い出されて……」
土石鑑定を発動する。
【エマ・ホフマン 人間 年齢:14歳 職業:浮浪児 魔力:火属性(低)・水属性(高) 気質:臆病、献身的、劣等感】
火属性が低い——しかし、水属性が高い。
「火魔法は弱いが、水魔法は強いんだな」
少女——エマは驚いた顔をした。
「な、なぜ分かるんですか?」
「見れば分かる。水魔法はどれくらい使える?」
「えっと……水を出したり、操ったり……精密な制御は得意です」
「精密な制御?」
「はい。細い水流を作ったり、霧状にしたり……でも、大量の水を出すのは苦手で——」
誠一は笑った。
「完璧だ」
「え?」
「お前の能力は、俺が探していたものだ」
舗装工事において、水は極めて重要だ。ローラーの転圧時に適度な水分が必要であり、乾燥しすぎると骨材が噛み合わない。逆に濡れすぎると密度が上がらない。精密な水量制御ができる者は——宝だ。
「火魔法は弱くてもいい。残滓を加熱できる程度の火力があれば十分だ。それより水魔法の方が重要だ。——手伝ってくれるか?」
エマの目に、涙が浮かんだ。
「い、いいんですか? 私みたいな役立たずでも——」
「役立たずじゃない。お前の能力は、この仕事に必要なものだ」
少女は泣きながら頷いた。
「は、はい……ぜひ、お手伝いさせてください……!」
チームが揃い始めた。
誠一、リーナ、ベルン、エマ。四人の小さなチームだ。
しかし、まだ足りない。重機——この世界ではゴーレム——がいないのだ。
グラムの工房を再び訪れた。
「また来たか」
ドワーフは不機嫌そうに言った。
「ああ。見てほしいものがある」
「何だ」
誠一は、手に持っていた石の塊を見せた。
「これだ」
グラムは眉をひそめた。
「……何だ、これは」
「魔石の残滓と砕石を混ぜて、加熱して固めたものだ」
スラム街の広場で、試験的に作った小さなサンプルだ。直径三十センチほどの円盤状に成形してある。
「触ってみろ」
グラムは渋々手を伸ばし、サンプルを受け取った。そして——目を見開いた。
「硬いな……」
「ああ。普通の石よりは柔らかいが、土とは比べものにならない。そして——重要なのはこれだ」
誠一はバケツに入れた水を持ち上げ、サンプルの上にかけた。
水は表面を流れ、弾かれるように落ちていく。
「水を弾く……?」
「不透水性が高い。雨が降っても、水は表面を流れて排水される。泥にはならない」
グラムは黙ってサンプルを見つめた。
「これを……道路に敷くのか」
「ああ。しかし、人力では限界がある。敷き均しと転圧に——ゴーレムの力が必要だ」
沈黙が流れた。
グラムはサンプルを裏返したり、爪で引っ掻いたり、様々な角度から観察していた。職人の目だ。材料の性質を見極めようとしている。
「……」
やがて、ドワーフはサンプルをテーブルに置いた。
「面白い材料だ」
「協力してくれるか」
「金はどうする」
「今は払えない。しかし——」
誠一は真っ直ぐグラムの目を見た。
「この技術が認められれば、王家から発注が来る。そうなれば——」
「たらればか。信用できんな」
「だから、まずは見ていてくれと言っている。スラム街の広場を舗装する。結果を見てから判断しろ」
グラムは鼻を鳴らした。
「……いいだろう。見てやる」
拒否ではない。少なくとも——興味を持ってくれた。
それで十分だ。
作業の日が来た。
スラム街の広場に、材料と道具が運び込まれた。魔石の残滓、砕石、大鍋、スコップ、木製のレーキ(誠一が手作りしたもの)、そして——四人のチーム。
「では——始めよう」
朝日が昇る中、誠一は宣言した。
最初に、ベルンが路盤を仕上げる。土魔法で地面を圧密し、平坦に均す。
「土よ、わしの意に従え——『大地の均し』」
魔法の光が広がり、凸凹だった地面が滑らかになっていく。
次に、誠一とエマが合材を製造する。
大鍋に魔石の残滓と砕石を入れ、エマの火魔法で加熱する。温度計はないが、誠一の能力があれば不要だ。
「エマ、もう少し火力を上げろ」
「は、はい……!」
少女が集中する。炎が強くなり、鍋の中の残滓がゆっくりと軟化し始める。
「今だ。温度百六十二度。これでいい」
かき混ぜ棒で合材を撹拌する。黒々とした混合物が、粘り気を持って渦を巻く。見慣れた光景だ。日本で何千回も見てきたアスファルト合材と、ほとんど同じだ。
「リーナ、運搬用の容器を」
「はい」
木製の箱——フネと呼ばれる道具——に合材を移す。熱い。百六十度近い材料が、独特の匂いを放っている。
「敷き均し開始。俺が指示を出す」
誠一はレーキを手に取り、広場の端に立った。
「まず端から。厚さ五センチを目標に——」
フネから合材をあけ、レーキで均していく。
日本では機械がやる作業だ。フィニッシャーが自動的に合材を敷き均し、スクリードが振動しながら表面を整える。しかし今は、すべてが手作業だ。
——それでいい。
最初は、こうだったはずだ。機械がなかった時代、人間は手で道路を作っていた。日本でも、世界でも。
誠一の手が、自然に動く。レーキを引き、合材を均す。厚さを目で確認し、足りない部分に補充する。
二十五年間の経験が、体に染みついている。
「誠一さん……すごい」
リーナが呟いた。
「まるで——踊っているみたい」
誠一は答えなかった。集中していた。
合材が冷える前に、敷き均しを終わらせなければならない。時間との戦いだ。温度感知の能力が、常に数値を表示している。
【表面温度:148℃→143℃→139℃……】
下がっている。急がなければ。
「エマ、次の合材を!」
「は、はい!」
新しい合材が運ばれてくる。敷き均し、均す、また敷き均す。
一時間後——広場の半分が、黒い合材で覆われていた。
「転圧だ」
誠一はレーキを置いた。
「転圧——どうやるのですか?」
「本来はローラーを使う。重い鉄の筒で、上から圧力をかける。しかし今は——」
代わりの方法を考えなければならない。
誠一は周囲を見回した。スラム街の住人たちが、遠巻きに作業を見守っている。好奇心と警戒心が入り混じった目だ。
「——おい、そこの連中」
誠一は声をかけた。
「手伝ってくれないか」
住人たちは顔を見合わせた。
「何をすればいい」
「この上を——歩いてくれ。できるだけ大勢で」
「歩く?」
「ああ。踏み固めるんだ。人間の体重で」
奇妙な依頼だったが、住人たちは興味を示した。一人、また一人と広場に入ってくる。
「熱いぞ、気をつけろ」
確かに合材は熱い。しかし、歩けないほどではない。百三十度以下に下がっていれば、厚底の靴なら問題ない。
やがて、数十人の住人たちが広場を歩き回り始めた。子供たちも混じっている。最初はおっかなびっくりだったが、すぐに楽しそうに飛び跳ね始めた。
「これでいいのか?」
「ああ、いい。もっと端の方も踏んでくれ」
人間ローラー——と言うべきか。不格好だが、効果はある。土石鑑定で確認すると、密度が少しずつ上がっていくのが分かる。
「エマ、水を。霧状にして全体にかけろ」
「は、はい……!」
エマの水魔法が発動する。細かな霧が広場全体を覆い、合材の表面を湿らせる。
タイヤローラーの揉み込み効果——に近いものを、水分で再現しようとしている。完璧ではないが、やらないよりはマシだ。
夕方——
作業が終わった。
広場の全面が、黒い舗装で覆われていた。凸凹だった地面は滑らかになり、水たまりは消え、泥の気配は微塵もない。
「……できた」
リーナが呟いた。
「本当に——できたんですね」
誠一は黙って地面を見つめた。
完璧ではない。日本の舗装と比べれば、粗い仕上がりだ。平坦性にはばらつきがあるし、端部の処理も甘い。しかし——
道路だ。
間違いなく、舗装道路だ。
スラム街の住人たちが、恐る恐る広場に入ってきた。舗装された地面を踏み、驚きの声を上げる。
「固い……!」
「泥がない……!」
「すごい、転んでも服が汚れない……!」
子供たちが広場を走り回り始めた。大人たちも、信じられないという顔で地面を見つめている。
「これが——道路だ」
誠一は静かに言った。
「雨が降っても、この地面は泥にならない。轍もできない。君たちは、泥まみれにならずに歩ける」
沈黙が広がった。
やがて——一人の老婆が、誠一の前に進み出た。
「あんた……何者だい」
「黒田誠一。遠い国から来た道路技術者だ」
「道路技術者……」
老婆は地面に目を落とし、再び誠一を見上げた。
「……ありがとう」
その一言が——誠一の胸に染みた。
翌日、雨が降った。
誠一は広場に駆けつけた。舗装が耐えられるか、確認しなければならない。
——大丈夫だった。
雨水は舗装面を流れ、端部の排水溝に向かっていく。泥は一切できていない。水たまりも、ほとんどない。
「成功だ」
誠一は安堵のため息をついた。
スラム街の住人たちが、傘もささずに広場に集まってきた。雨の中、舗装された地面を歩き回っている。
「すごい……本当に泥にならない……!」
「奇跡だ……!」
奇跡ではない。技術だ。しかし、この世界の人々にとっては——奇跡に見えるのだろう。
「セイイチ」
背後から声がした。振り返ると——グラムが立っていた。
ドワーフは傘もささず、雨に濡れながら広場を見つめていた。
「見たぞ」
「ああ」
「……すごい技術だ」
グラムの声には、驚きと尊敬が混じっていた。
「これを——街道に敷けるのか」
「ああ。ゴーレムがあれば、もっと効率的にできる」
「ゴーレムか」
ドワーフは腕を組んだ。
「フィニッシャーと言ったな。敷き均しの機械だと」
「そうだ。図面は渡してある」
「見た。あれを——作ってみたい」
誠一は驚いた。
「金はないぞ」
「金は後でいい」
グラムは真っ直ぐ誠一を見つめた。
「お前さんの技術は本物だ。わしは——本物の職人の仕事が見たい」
誠一は手を差し出した。
「よろしく頼む」
グラムはその手を握った。
「こちらこそ」
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