第2項 リズ•ノクアイズ

その女、リズ•ノクアイズは殺し屋ではない。いや、正確には暗殺だけが仕事ではないと言うべきか。

兵種はシーフ、遊撃隊として戦場を駆け巡り、暗器を使って敵の首を捌く。隠密特化の皇帝の懐刀といったところだ。


時刻は日が傾き、空を橙色に染め始めた時。リズは敵国、ギンダティア公国の陣営に単身で忍び込んでいた。彼女は部下を持たず、単独行動が多かった。対人に難があるわけではない。ただ、一人のほうが彼女の強みを存分に生かせた、それだけだ。


誰もいない廊下を音もなく歩く彼女は突然足を止める。

今朝リズが頭に叩き込んだ地図には、ターゲットまでの最短ルートが描かれている。間者からの情報ではここの食堂を通るのが最適のはずだ。しかし彼女は足の向きを変えると、隣の倉庫へ入り、屋根裏へ潜る。目的地へ向かう途中で横目に見た食堂では、兵士たちが宴を開いていた。

ターゲットの自室の窓前には、見張りが立っていた。この見張りを何とかしなければ、任務は成せない。リズはわずかに膨らんだ香しいポケットを見、次にチラリと今居る屋根裏の奥を見やる。そこからは二つの小さな目がじっとこちらを見つめていた。


ガサガサ

「!何者だ!?」

突然響いた雑音に見張りは音のする方向を探す。発音源と思われる壁の隙間をのぞき込むと、そこではネズミがチーズの欠片を食い漁っていた。

「ネズミ•••か」


壁の穴を覗き込む男の背後に忍び寄ったリズは、静かに、しかし鋭く短剣を振るった。

ドサッ


ターゲットの死亡を確認し、部屋から去ろうとした刹那、それはリズの目に入ってきた。ターゲットの首から下がるペンダントは無残に割れており、中ではターゲットと女性、まだ幼い少年が屈託なく笑っていた。

リズは無意識のうちに目を細めていた。

「知っている」

ボソリと呟く。

知っている。彼らに愛する人がいることは。守るべきものがあることは。

だが

それでも

「変えなければならない」

この腐りきった世の中を根本から。その為なら、どんな卑怯な手だって使う。正義や大義の為などではない。

「自分のためだ」

この業苦を、少しでも生き抜きやすくする為。


リズは静かに息を吐くと、夜の闇に飛び込んだ。

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深淵の踊り子 @pokotti

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