第3話 美しき「旗」と、作られた天才


 数週間後。製作スタジオの豪華な会議室。


 磨き上げられたマホガニーのテーブルが、重役たちの高価なスーツを鈍く反射している。


 イザベル・ロドリゲスは、興奮を隠せずにいた。


「この物語は、私のコミュニティの叫びです。そして、この改稿版は、私のビジョンを完璧に形にしてくれました!」


 彼女が誇らしげに掲げているのは、アダムが血肉を注ぎ込んだ脚本だ。

 彼女は、自分の初期稿が、プロの「コンサルタント」の手によって劇的に良くなったことを、純粋に喜んでいた。


 監督が、あるページを指差して唸る。


「特に、この第二幕の転換点……主人公が自分の信念を曲げて、敵と手を組むシーンだ。ここの動機付けは天才的だ。イザベル、君はすごいな」


「あ……」


 イザベルの頬が一瞬、こわばった。


 そのシーンは、彼女の初期稿にはなく、アダムが丸ごと加筆した部分だった。


(この動機は、私が設定した主人公とは少し違う……でも、こっちの方が圧倒的に優れている)


 戸惑いが顔に出そうになった瞬間、リチャードが滑らかに介入する。


「イザベルの情熱的な『声』と、我々が用意した構成のプロの『技術』が、見事に融合した結果だ。素晴らしい化学反応だよ」


     *


 会議の後、リチャードはイザベルを個別に呼び止めた。


「イザベル、素晴らしい会議だった。スタジオは君のビジョンを信じている」


 彼は、あくまでイザベルを「旗」として立てる。


「ただ、例の『コンサルタント』から、君のビジョンを現場でより明確にするための提案が来ている」


 リチャードが渡したのは、アダムからの指示書だった。

 それは、イザベルが現場で監督やキャストに伝えるための、完璧にロジカルな「台本」だ。


 イザベルは、その完璧だがどこか冷たい文章に、得体の知れない圧力を感じ始めていた。


     *


 撮影は、驚くほど順調に進んだ。


 アダムの脚本は、キャストの演技を最大限に引き出し、監督の意図を完璧に具現化した。

 イザベルの初期稿にあった「熱量」と、アダムが与えた「完璧な骨格」は、撮影現場で奇跡的な化学反応を起こしていた。


 完成した映画のラッシュ(未編集版)を見たスタジオ上層部は、熱狂した。


「信じられない……」

「D&I要件を満たしながら、ここまでエンターテイメントとして面白いとは!」

「今年の最有力候補だ。イザベル・ロドリゲスは本物の天才だ!」


 この成功を冷徹に見届けたリチャードは、スタジオ内での評価を確固たるものにした。

 彼にとって、アダムの才能という「道具」は完璧に機能し、システムは円滑に作動した。


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