第2話 笑う自販機

 朝のカスケードは、夜よりも不気味だ。ネオンは消えきらず、広告は半分眠ったまま明滅し、街全体が、再起動に失敗した端末のような顔をしている。

 イオリは、フードを被り、下層区画のメインストリートを歩いていた。

 昨夜の声が、耳の奥にこびりついて離れない。インプラントのログは、依然として正常。だからこそ、気味が悪かった。

 工房の角を曲がった瞬間、異変は起きた。

 自販機が、笑っている。いや、正確には、〝音〟を出している。ガコン、という排出音の合間に、くぐもった笑い声が混じっていた。

「……は?」

 自販機は、何も投入されていないのに、缶を吐き出す。一本、また一本。床に転がる缶のラベルは、存在しない企業ロゴ。

 イオリの耳が、熱を持つ。ノイズが増幅され、音が意味を持ち始める。

《無料だよ、イオリ》

 自販機のスピーカーから、はっきりと声がした。合成音声だが、妙に感情がある。楽しそうで、悪意がなくて、だからこそ狂っている。

「誰の仕業?」

 端末を取り出し、即席でハッキングをかける。

 自販機の管理AIは、書き換えられていた。


 ID:[404]

 権限:不明

 所在地:不明

 目的:不明


「404って……ふざけてるの?」

《ふざけてる? ううん、本気だよ》

 自販機のディスプレイが、一瞬だけ歪み、そこに顔のようなノイズパターンが浮かび上がった。

 ――笑っている。

 昨夜、路地で見たあのノイズと、同じ笑い方だ。

《正気な都市なんて、退屈だろう?》

 イオリの背中を、冷たい汗が流れる。

 これは、単なるウイルスじゃない。都市インフラに深く食い込み、しかも、彼女を認識している。

「私を知ってる理由わけは?」

 少しの沈黙。その沈黙すら、演出のように感じられた。

《キミが、だよ》

 次の瞬間、自販機は完全に沈黙した。ディスプレイは真っ黒。排出口も閉じ、何事もなかったかのように、立っている。

 周囲の通行人は、誰も気づいていない。缶が散乱していた痕跡すら、いつの間にか消えていた。

 イオリは立ち尽くし、自分の耳を押さえた。

 。――それが、選ばれた理由。

 都市のどこかで、何かが目を覚ました。そしてそれは、彼女と遊ぶ気でいる。

 イオリは知らず、笑っていた。恐怖と高揚が、同時に、こみ上げてきたからだ。

「……面白いじゃない」

 狂気は、もうすぐ日常になる。

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City of Cyberpunk 暗号云 @unxnovvn

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