第3話 王、嫉妬する(顔が怖いのに)&事件の予感⁉

 翌朝。私は廊下で城の噂を耳にした。

「王妃さまが王子殿下に“花の契約”を……」

「王が泣いたのは確定らしい……」

「黒のドレス、呪術師の正装……」

 ……だ・か・ら、違うって言ってるだろおおお!!

 私は心で叫びつつ、今日も今日とて距離2m育児に向かった。王子はすでに待っていた。花輪を胸に抱えている。

「おはよう、王子」

「……おはよ。ママ、きょうもへん?」

「きょうもへん」

「よし」

 ……“よし”って何!? 合格判定!?

 そこへ王が現れた。相変わらず顔が怖い。なのにどこか落ち着きがない。

「……王子。今日の午前は私が」

 王子が即答した。

「やだ」

 王と私の悲しい沈黙。そして王が私を睨む。

「……何をした」

「存在しただけです!!(二回目)」

 王は咳払いし、声を低くした。

「王子。父と剣の稽古を」

「やだ。ママと“くみひも”する」

「くみひも?」

 私は首を傾げた。王子が誇らしげに言う。

「メイドがつくってた。きれい。ママにあげる」

 小さな手のひらに、細い色糸の組紐。……っっくぅ、かわいい。泣く。

 王が静かに言った。

「……王子、それは王妃に“贈り物”か」

「うん」

「父には?」

「……ない」

 王が、明らかに傷ついた顔をした。怖い顔のまま、傷ついた顔をするのやめてほしい。圧がすごい。

「王妃」

「はい」

「王子に“父への贈り物”という概念を教えろ」

「育児方針が政治すぎます」

 王子が私に言った。

「ママ、パパ、きらい?」

 ……申し訳ないけど、私にとってはあったばかりの人なんだよねぇ。でもまあなんだかんだ――。

「嫌いじゃないよ」

 王が小さく頷く。

「……ほら、嫌いではないらしい」

 王子は私の顔をじっと見て、にやっと笑った。

「じゃあ、パパにも“あんぜん”あげる」

 「安全?」

 王子は花輪を差し出した。

「これ、もって。パパ、こわいから」

 王が固まった。……王子、やるな。

 王は無言で花輪を受け取った。その瞬間、城の空気が震えた気がした。

「王が……花を……!」

「王妃の呪いに屈した?」

「恋というものでは!?」

 ……違うけど、合ってるかもしれん。

 王は花輪を持ったまま、私に低く言った。

「私が恐ろしいのか」

「自覚あったんですね」

「あるに決まっている」

 王子が両手を広げた。

「ふたりとも、こわい。だから、へいわする」

 王と私が同時にため息をついた。なのに、王子は私たち二人の手を――繋がせようとした。

「ちょ、王子! 距離条約!!」

「……もう、ちょっとだけ。へいわ」

 王がぼそっと言った。

「まぁ少しなら、いい」

  ……へ? 今なんて?

 私は反射で王を見る。王は視線を逸らしながら言う。

「王子の命令だ」

 ……照れてる!? 王が‼

 指先が触れた。ほんの一瞬。それだけで胸が変に跳ねた。……やばいラブが進行してる。コメディのつもりなのに。

 王子は満足そうに頷いた。

「うん。へいわ」

 ――この五歳、王より強い。


 午後。事件は起きた。王子が廊下で私のドレスの裾をちょんと掴んだのだ。小さな声で――。

「……ま、ま……」

 私は息を止めた。……来た。来た。来た。今“ママ”って言いかけた。

 しかし、その瞬間。

「王妃さま!!」

 メイド長が突進してきた。

「王子殿下を“懐柔”していると、重臣が……!」

「懐柔って言葉、五歳に使うんじゃない!」

 メイド長は青ざめた。

「“王妃失格”の声も……」

「失格するのは城の噂の回転速度だよ!」

 王が現れた。顔が怖い。状況がさらに悪化しそうな予感。

「何があった」

 メイド長が言った。

「王妃さまが王子殿下に“ママ”と呼ばせようとしていると……!」

「してない! 勝手に言いかけただけ!」

 王子が私の裾を握ったまま、涙目で言った。

「ぼ。ぼく、いったらだめ?」

 ……やめて、その顔。世界の重臣全員ぶん殴りたくなるからさ。

 私はしゃがんだ。

「だめじゃない。……でもね、王子が言う言葉は、王子の心が“言いたい”って思った時に言えばいい」

 王子は唇を噛んで、こくんと頷いた。――その会話を廊下の陰から重臣たちが覗いていた。

「やはり術を……」

「王妃は情緒を操る」

「王が花を持ったのも?」

 どうやらもう“術”扱いから戻れないらしい。王が重臣に向かって言った。

「口を慎め。王子は笑っている」

「しかし陛下! 王妃は売れ残り令嬢! 悪名高い――」

 流石の私も堪忍袋の緒が切れそうだった。しかし、言い返したら説教になる。殴ったら悪役令嬢になる。それは詰みを意味している。そこで私は最強の手を使った。悪役令嬢の“圧”を逆利用する。私はすっと立ち上がり、黒いドレスを揺らし、重臣たちを見下ろした。口角は上げない。上げると悪魔の微笑みになるから。ただ、低い声で言う。

「……王子が泣いたら、あなたがたが責任を取るのですね?」

 重臣が凍った。

「い、いえ、その……」

「では口を閉じてください。……子どもの気持ちを“政治”で潰す大人は、嫌われますよ」

 説教ではない。脅しである。重臣が崩れ落ちた。

「ひぃ……王妃さま……やはり術を……」

 ……術じゃない。ただの顔面な?

 王は私を見た。そしてほんの少しだけ笑った。――部下が怯えない程度に。

「助かった」

 私は思わず言った。

「今、笑いました?」

「笑っていない」

「笑ってました」

「……笑っていない」

 ……かわいいかよ、この王。

 王子が私の裾を引いた。

「ママ」

 今度は言った。小さく。確かに。廊下の空気が止まった。重臣が泡を吹き、メイドが膝から崩れ、誰かが叫んだ。

「王妃が王子殿下の心を――!!」

 王は固まった。そして、ゆっくり息を吐いて言った。

「……王子。呼びたいなら、呼べ」

 王子は私を見て微笑んだ。

 私は笑顔を封印したまま、声だけ震えないように言った。

「……うん。呼んでいいよ」

 ――心が、勝手に温かくなった。

 勝手に。ほんとに勝手に。……くそっ。感動、勝手に来るなって言ったのに。

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