MBTI法短編集

イミハ

再評価は行われません


 ミサキは、自分の仕事が「誰かの人生を終わらせている」とは思っていなかった。


 ただの事務だ。


 書類を受け取り、確認し、定型文を返す。

 それだけ。


 正式名称は「MBTI法再評価申請窓口」。


 しかし実態は、再評価など一度も行われない部署だった。


 法律制定から八年。


 再評価が通った前例はゼロ。


 それでも窓口は存在し、申請書は毎日のように届く。

 ――それが“希望の管理”なのだと、研修で教えられた。


 ミサキ自身は〈管理者〉タイプ。


 ランキングは中位。


 出世も安定も、すべて「相応」に用意された人生。


 誇れるほどでもなく、恨まれるほどでもない。


 彼女はその立ち位置を、悪くないと思っていた。


 申請書の多くは似通っている。


 現状に適応できない


 診断結果が自分を表していない


 社会生活に支障が出ている

 理由欄は感情で溢れているが、

 返答は常に一行で済む。


 > 【再評価制度は存在しません。】


 それが仕事だった。


 ある日の昼下がり。


 ミサキは一通の申請書に目を止めた。


 タイプ:〈仲介者〉

 ランク:最下位

 年齢:20

 よくあるケースだ。


 だが、理由欄の文章が短かった。

 > 勝ちたいわけじゃない。

 > 正しく評価されたいわけでもない。

 >

 > ただ、

 > 本当にここが終点なのかを確認したい。


 ミサキは、しばらく画面を見つめた。

 “終点”。


 多くの申請者は「やり直したい」と書く。

 「上に行きたい」「やり直させてほしい」。

 だが、この文章にはそれがなかった。


 確認したいだけ。


 終わりかどうかを。


 指は自然に定型文を呼び出していた。

 > 【再評価制度は存在しません。】


 送信ボタンにカーソルを合わせたまま、

 彼女は一瞬だけ、考えた。


 もしこれが、自分だったら。

 〈管理者〉で、

 中位で、

 疑問すら持たないように生きてきた自分が、

 ある日「ここまでだ」と告げられたら。


 確認すら許されないと知ったら。


 ミサキは、理由欄を見返す。


 短い。


 言い訳がない。


 怒りもない。


 その静けさが、なぜか怖かった。


 彼女は、理由欄を空白にした。


 定型文だけを残し、

 申請書を返送した。


 ――ただの操作ミスだ。


 誰にも気づかれない。


 問題にはならない。


 実際、何も起きなかった。


 翌日も、

 翌週も、

 上司からの連絡はなかった。


 統計上の誤差。


 ログの空白。


 システムは完璧に稼働し続ける。


 だがミサキは知っていた。


 あの申請者は、

 自分が「確認すら許されなかった」ことを、

 書面ではなく、

 沈黙で受け取ったのだと。


 それは再評価ではない。


 救済でもない。


 反抗ですらない。


 ただの空白。


 ミサキは、その日初めて、

 自分が制度を守る側ではなく、

 制度の一部として“正しくなかった”ことを理解した。


 そしてそれは、

 誰にも観測されず、

 記録にも残らず、

 世界を一ミリも変えなかった。


 それでも再評価は、行われなかった。

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2026年1月3日 08:00
2026年1月4日 08:00
2026年1月5日 08:00

MBTI法短編集 イミハ @imia3341

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