第9話 空白の第四防衛線

電気を落とした、その瞬間。


 視界が赤く染まった。


【緊急クエスト発生:国土防衛】

【第四防衛線:――】

【発生まで:00:――:――】


 ……空白。


 俺はベッドの端に腰を落とし、もう一度、通知を開く。


 《クエスト詳細》


 次の画面に飛ぶ。だが、肝心の行が、抜け落ちていた。


【エラー:情報取得失敗】

【原因:通信遮断】


 通信遮断。


 スマホの電波じゃない。こっちの“システム”が、遮られている。


 そんなタイプがある。


 前世で最初に都市が死んだのは、火でも銃でもない。

 連絡が切れた瞬間だった。


 枕元のスマホを掴む。アンテナが、一本立っては消える。


 部屋のWi-Fiルーターも、ランプが赤く点滅していた。


 白石芽衣が布団の中で身じろぎして、眠そうに目をこすった。


「……時南さん? 今の、何か……」


「起きろ。寝るのは後だ」


 白石の顔色が少し青くなる。

 それでも、起き上がってくる。遅れない。いい。


 俺は《ゲート管理》を開いた。


 潮風公園。

 幕張海浜公園。

 浮島町公園。


 三つとも、赤い警告は出ていない。


 だが、画面の端に見慣れない表示が一行、滑った。


【外部通信:遮断領域 拡大】


 遮断領域。


 つまり第四防衛線は、“情報”を喰う。


 場所は――通信の幹が集まる所だ。

 首都の中枢。霞が関か、東京駅か、大手町か。


 俺は工具箱バッグを掴み、白石へ投げる。


「ヘッドライト。手袋。マスク。水は一本」


「……また、行くんですか」


「行く」


 白石は口を結び、黙って装備をつけ始めた。


 怖いのは当然だ。

 怖いまま動ければ、生き残れる。


 靴紐を結びながら、もう一つだけやる。


 《報復》。

 黒崎に掛けた保険。


 画面を開き、設定を追加する。


【指定対象:白石 芽衣】

【禁止行為:指定対象への暴力/脅迫】


 これでいい。

 黒崎が白石に触れた瞬間、喉が終わる。


 表に出ない形で。


     ◇


 夜の湾岸線を、黒いワゴンで都心へ向かう。


 逆流だ。

 “門を見に行く”群れは、海沿いへ吸われている。

 だから走れる。


 ラジオをつける。


 ノイズ。

 途切れる音声。


『――都内各所で通信障害が――』

『――原因不明の――』


 いつもの「調査中」だが、今回は言葉尻が違う。

 現場が混乱している。指揮が飛んでいない。


 白石が窓の外を見たまま、呟いた。


「……スマホ、圏外です」


「そうだろうな」


 地図アプリも開かない。

 だが道は頭に入っている。霞が関へ――。


 皇居の外周に近づいた瞬間、空気が冷えた。


 耳の奥がキーンと鳴る。

 視界の端が歪む。


 前兆。


 交差点の信号が、一つ、二つと妙に遅れて点滅する。

 駅前の電子看板が落ちる。

 コンビニの店内のBGMが途切れ、店員が慌ててレジの奥へ走った。


 停電じゃない。

 電気は生きている。通信だけが、死にかけている。


 俺はハンドルを切り、霞が関駅の地上出口がある交差点で車を止めた。


 そこだけ、人が溜まっていた。


 スマホを掲げている。

 だが、誰も配信できない。画面が回らない。


 苛立ちと不安が、空気を重くする。


「繋がんねぇぞ!」

「救急車呼べねぇ!」

「門が出たって……どこだよ!」


 ――ここだ。


 地下鉄の出入口の脇、歩道の上。

 黒い長方形が、立っていた。


 第四のゲート


 周囲には警察がいる。

 だが拡声器の声が、妙にバラバラだった。


 無線が死んでいる。


 だから、この一分で地獄になる。


 ゲートの縁から黒い霧が漏れる。


 霧の中から這い出してきたのは――線だ。


 細い黒線が地面を走り、足首に絡みつく。


「うわっ!」


 男が転び、次の瞬間、線の先端が肌に刺さった。


 バチッ、と青白い火花。

 男が痙攣し、声にならない息を漏らす。


 俺はハンマーを振り下ろした。


 ガン。


 線が千切れ、黒い液が散る。


【討伐:配線蟲】

【経験値+5】


 配線蟲。

 前世で通信遮断ダンジョンの前座にいたやつだ。


 電気を喰う。人間の神経も喰う。

 そして――数が多い。


 霧の中から、同じ線が何十本も這い出してきた。


 人間の足元へ。

 信号みたいに、群れで動く。


 白石が震える声で言った。


「……触ったら……」


「触るな。踏むな。飛べ」


 俺は白石を背中越しに押し、ガードレールの内側へ下げる。


「ここから動くな。俺が呼ぶまで」


「……はい!」


 俺は縁石を蹴り、配線蟲の群れへ突っ込む。


 叩く。

 叩く。

 叩く。


 線は細いが芯がある。潰すと黒い液が弾ける。


 視界の端で、選択肢が浮かんだ。


【ユニークスキル《損益配分》:発動可能】

→【自分】/【保留】/【対象指定】


 俺は【保留】。

 今レベルが上がっても、外の数は減らない。


 ――湧き口はゲートの縁。


 俺は最短でそこへ寄る。

 霧が濃い。ヘッドライトの光が吸われる。


 そして、システムの文字がまた乱れた。


【警告:情報遮断】

【外界への侵入許容量 ――】


 数字が見えない。


 最悪だが、やることは一つ。


 コアを叩く。


 俺は白石を振り返り、短く言った。


「行く」


「……はい!」


 白石の手首を掴み、霧の中へ踏み込んだ。


     ◇


 白い部屋じゃない。


 暗い。

 湿ったコンクリートの匂い。

 鉄と油と、焼けたケーブルの匂いが混じる。


 駅の裏側――もっと奥。

 人が普段見ない場所だ。


 壁一面に、太いケーブルが束になって走っていた。

 床にも。天井にも。


 それが脈打つように、黒く蠢いている。


 ――生きてる。


 白石が顔をしかめる。


「……気持ち悪い……頭が……」


「息を吸え。吐け。止めるな」


 通信が遮断されると、脳が勝手に不安になる。

 前世で、これでパニック死した奴もいた。


 足元に線が走る。絡む。

 引かれる。


 俺はバールで切る。火花。


 切った瞬間、視界の端が一瞬だけクリアになった。


【第四防衛線:東京中枢】

【発生地点:千代田区 霞が関地下】

【目標:ダンジョンコアを鎮圧せよ】

【制限時間:30:00】


 ……やっと出たか。


 つまり、このダンジョンの“情報遮断”は、近づかないと解除できない。

 だから外では空白だった。


 配線蟲が束から生まれてくる。

 叩く。


【討伐:配線蟲】

【経験値+5】

【ドロップ:魔石(小)×1】


 次。


 角を曲がると、扉があった。

 「関係者以外立入禁止」のプレート。


 笑える。


 ダンジョンに関係者も何もない。


 扉は半開きで、黒い霧が漏れていた。

 奥に、赤黒い脈動。


 コアだ。


 だが――その前に、黒い箱がぶら下がっている。


 天井から。

 監視カメラみたいに。


 箱の下面が開き、そこから太い線が落ちた。


 鞭だ。


 床を裂く速度で走り、俺の足首を狙う。


 《中継箱》。


 遮断の核。

 あいつが“食ってる”。


 視界に赤い文字。


【出現:中継箱(遮断核)】


 白石が掠れた声で言った。


「……箱、が……動いて……」


「光を当てろ。目を合わせるな」


 白石のヘッドライトが上がる。


 光が箱を刺した瞬間、箱がびくりと震え、線の動きが一拍止まった。


 反射――優先順位の切り替え。


 その一拍でいい。


 俺は床を蹴り、箱の真下へ入る。


 線が落ちてくる。


 俺はバールを引っ掛けて軌道をずらす。

 僅かな隙間を作る。


 そこへハンマーを振り上げた。


 狙いは箱の角。


 ガン。


 硬い。


 もう一発。


 ガン。


 箱が揺れ、天井の金具がきしむ。


 線が暴れ、壁のケーブルを叩いた。

 火花が散り、耳鳴りが戻る。


 来る。


 箱の下面から“舌”みたいな黒いものが伸びた。


 狙いは、俺の顔。


 噛まれたら終わる。

 電気じゃない。情報を喰われる。


 前世でこれに噛まれた奴は、“システムが見えなくなった”。


 俺は半歩だけ後ろへ。

 舌が空を噛む。


 その拍子に、箱が前に出た。


 俺はハンマーを横に振り、舌ごと下面を叩き潰した。


 ぐしゃ。


 黒い液が飛び、舌が痙攣して落ちる。


 最後に、箱の亀裂へ叩き込む。


 ガン――ぱき、と嫌な音。


 箱が割れた。


【討伐:中継箱(遮断核)】

【経験値+30】

【ドロップ:魔石(中)×1】


 その瞬間、ポケットのスマホが震えた。


 圏外だったはずの通知が、まとめて降ってくる感覚。

 耳鳴りが薄れ、空気が少し軽くなる。


 白石が息を吐いた。


「……繋がった……?」


「まだだ。コアを壊す」


 赤黒い脈動へ走る。


 バールを突き刺す。硬い。芯がある。

 ハンマーで追撃。


 ガン。

 ガン。

 ガン。


 ぱん、と弾ける音。

 赤黒い光が霧散した。


【目標達成:ダンジョンコア鎮圧】

【緊急クエスト:国土防衛 成功】

【報酬:スキルポイント+3】

【報酬:魔石(中)×3】

【報酬:権限ゲート管理を付与します】

【称号:《第四防衛線の守護者》を獲得】


 ――よし。


 白石が震える声で笑った。


「……終わった……」


「終わってない。外が本番だ」


 俺はすぐ《ゲート管理》を開く。


【ゲート管理:霞が関地下】

・入場条件設定

・侵入者検知

・ドロップ課税(解放済)

・ダンジョン保護(未解放)


 いつものメニュー。


 だが、今日は一つだけ違った。


【追加:通信遮断 管理(解放)】


 ……握れる。


 国の首だ。


 白石が不安そうに俺を見上げる。


「……何か、出たんですか」


「後で」


 今は、ルールを置く。


【入場条件:当面の間、単独入場のみ許可】

【入場条件:誓約】

【内容:暴力・脅迫・窃盗・囲い込み行為の禁止】

【違反時:報復(自動)】

【損失:発声阻害】


 そして通信遮断の管理。


 外界への遮断を解除する。


【外部通信遮断:解除】


 ――これで街が息をする。


     ◇


 外へ出た瞬間。


 周囲のスマホが、一斉に鳴った。


 圏外だった画面にアンテナが立つ。

 メッセージが雪崩みたいに流れ込む。


 人がざわつき、叫ぶ。


「繋がった!」

「やっと救急車呼べる!」

「今の門、誰が入ったんだよ!」


 警察の無線も復活したらしい。拡声器の声が揃い始めた。


『こちら警視庁! 落ち着いてください! ――』


 俺のスマホにも、通知が溜まっていた。


【侵入者検知:通知】

【潮風公園ゲート:誓約違反(脅迫)】

【報復(自動):発動】


 ……留守番は、勝手に動いてる。


 その人波を割って、スーツの男が一直線に来た。


 耳に小型のイヤホン。

 首から、見慣れない身分証。


 目が、こちらを捕まえる。


「……あなたが、門から出てきた探索者ですね」


 逃げ道を塞ぐ位置取り。

 慣れている。


 男は低い声で言った。


「内閣官房です。あなたに、お願いがあります」


 白石が息を呑む。


 俺はマスクの下で、息を吐いた。


 逃げるのは簡単だ。

 だがここで繋がるのは、国家だ。


「条件がある」


 男の目が僅かに細くなる。


「聞きましょう」


 視界の端で、赤い通知が点滅した。


【新規クエスト発生:国家再建】

【概要:――】

【第一目標:――】


 また空白。


 今度は、隠されている。


 俺はスーツの男を見据えた。

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2026年1月9日 08:00

前世の記憶で未来が全部わかる俺は、現代ダンジョンを最短攻略 てゅん @satooooooo

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