第4話  口封じ

口は災いの元だ。


 なら――塞ぐ。


 俺の指先が、権限画面の《報復》に触れた。


権限報復

【管理者に対する敵対行動を確認した個体へ、損失を返します】

【発動方式:予防/執行】

【対象条件:敵対判定(確定)】

【警告:濫用は権限剥奪の対象です】


 冷たい文面だ。


 だが、ありがたい。


 前世の日本は、こういう“抑止”を持てなかった。


 外資の私兵に囲われ、半グレに脅され、行政は「検討」で時間を溶かした。


 その間に、人が死んだ。


 俺は二度と同じ損失を許さない。


 画面が切り替わり、対象候補が表示された。


【報復対象候補:1】

【黒崎 恒一】

【敵対ログ:脅迫/暴行未遂/情報漏洩の意図】


 ……システムは、ちゃんと“意図”まで拾うらしい。


 それなら話が早い。


 俺が欲しいのは、派手な制裁じゃない。


 今この瞬間、黒崎の口を封じること。


 身元が割れれば、警察が来る。メディアが来る。政治家が来る。企業が来る。


 全部、俺の時間を奪う。


 時間は資源だ。今、いちばん貴重な。


 俺は【発動方式:予防】を選んだ。


【予防:条件トリガーを設定します】

【条件:対象が禁止行為を実行した瞬間、損失を付与】


 禁止行為。


 要するに「これをやったら痛い目を見る」リストだ。


 俺は最小のコストで最大の効果を狙う。


 入力欄に、三つだけ設定した。


 ・管理者の個人情報を第三者へ伝達

 ・管理者または指定対象への暴力/脅迫

 ・ゲートの管理設定への不正干渉


 次に、損失内容。


【損失内容を選択してください】

→【発声阻害】/【視界阻害】/【行動阻害】/【運気減衰(未解放)】/【その他】


 発声阻害。


 それだけで十分だ。


 黒崎は口が武器だ。噂、告げ口、脅し、扇動。


 その武器を折る。


 俺は【発声阻害】を選び、詳細を詰めた。


【発声阻害:強度設定】

【強度:中】

【効果:発声時に咽頭痙攣/呼吸困難(短時間)】

【付随:強制沈黙(30分)】

【解除:禁止行為の停止+一定時間経過】

【備考:医療介入により軽減可能】


 ……いい。


 死なない程度に苦しい。騒げない。説明もできない。


 それでいて「原因不明の発作」に見える。


 表沙汰にならない形、合格。


 最後にコスト。


【発動コスト:魔石(中)×1】

【支払い後、対象登録は不可逆です】

→【実行】/【中止】


 俺はポーチから魔石(中)を一つ取り出し、テーブルに置いた。


 赤黒い光を宿した結晶。


 これが、今の世界の通貨になる。


 俺は迷わず【実行】を押した。


 魔石が、砂みたいに崩れて光になる。


 光が画面に吸い込まれ、文字が確定した。


【対象登録:完了】

【報復(予防):待機】


 白石芽衣が、向かいの椅子で息を呑む。


「……今の、なに……?」


「保険だ」


「保険……」


 俺はそれ以上説明しない。


 彼女は賢い。余計な情報は、余計な不安を生むだけだ。


 代わりに、必要な指示だけ渡す。


「白石。今日から、黒崎って男には近づくな。話しかけられても、無視しろ」


「……さっきの人?」


「ああ。危険度が高い」


 白石は表情を硬くして、頷いた。


 いい反応だ。素直さは生存率を上げる。


     ◇


 俺はスマホを取り出し、潮風公園のライブ配信を探す。


 今この瞬間、現代は“撮る”社会だ。


 誰かが必ず回している。どこかに必ず残る。


 検索ワードはシンプル。


 「潮風公園 ゲート ライブ」


 案の定、同時配信が山ほど出てきた。


 画面の中では、黒い長方形の前に警察が規制線を張り、記者がマイクを突き出し、一般人がスマホをかざしている。


 コメント欄は地獄だ。


『CG?』

『異世界来たw』

『やべえ本物っぽい』

『政府隠してたろこれ』


 前世と同じ。


 ただ一つ違うのは、俺がもう“客席”じゃないことだ。


 俺は侵入者検知の赤点を見ながら、配信映像の中の人間を探す。


 ――いた。


 黒崎。


 規制線の外側で、見覚えのある顔が誰かに詰め寄っている。


 相手は、スマホと小型マイクを持った若い男。配信者だ。


 黒崎の口が、いやらしく動いた。


『――あいつ、ゲートから出てきたんだよ。血だらけでさ。名前? 時――』


 そこで、黒崎の喉がひくりと跳ねた。


『ごっ……げほっ……!』


 次の瞬間、黒崎が両手で喉を押さえてしゃがみ込む。


 配信者が慌ててカメラを寄せた。


『え、ちょ、どうした!?』


『うっ……う゛……!』


 黒崎は声にならない音を漏らし、目を見開いたまま息を吸えずにもがく。


 周囲の野次馬がざわつく。


『やべ、発作?』

『救急車!?』

『門の影響じゃね?』


 ――違う。


 これは、俺が設定した保険だ。


 黒崎は、無意識に禁止行為に踏み込んだ。


 「時南」と言いかけた。


 俺の個人情報を第三者へ伝達。


 トリガー成立。


【報復(予防):発動】

【対象:黒崎 恒一】

【禁止行為:個人情報の伝達】

【損失付与:発声阻害】


 黒崎は数十秒だけ痙攣し、やがて大きく咳き込んだ。


 息が戻った瞬間、今度は声が出ないらしい。口を開いても、空気だけが漏れる。


 黒崎は配信者のスマホを叩き落とし、よろよろと人混みの奥へ消えた。


 配信のコメント欄が爆発する。


『今のやば』

『呪いじゃん』

『門こわ』

『政府仕事しろ』


 ……いい。


 恐怖の矛先が「ゲートの異常」に向く。


 黒崎は被害者に見える。俺の名前は出ない。


 損得で見れば、満点だ。


     ◇


 白石が、俺の顔色を窺う。


「……あの人、急に苦しそうに……」


「偶然だ。近づくな」


 嘘じゃない。


 黒崎が勝手に口を滑らせただけだ。


 俺は“仕様”を置いただけ。


 世界が変わった以上、俺も変わる。


 優しさは捨てない。


 ただし、敵の自由は奪う。


 俺はゲート管理画面に戻り、改めて未解放項目を確認した。


【ドロップ課税(未解放)】

【解放条件:管理者Lv5】


【ダンジョン保護(未解放)】

【解放条件:管理者Lv10】


 ……やっぱりな。


 前世で外資が最初にやったのは「課税」だった。


 入場料、警備費、採掘権、輸送。


 名前はいくらでも付けられる。要するに“上前”。


 それを、今度は日本側で握る。


 そのためには、まず俺が管理者Lv5に上がる必要がある。


 俺は《損益配分》を開いた。


 保留していた利益が、一覧で積まれている。


 経験値。

 スキルポイント。

 魔石。


 ここで全部を一気に自分に振るのは悪手だ。


 投資先は増やす。だが、最低限の権限解放は急ぐ。


 俺は配分のバーを、必要なぶんだけ自分に寄せた。


【《損益配分》】

【対象:自分(時南 尚人)】

【配分:経験値/スキルポイント】


 視界の端で、通知が連続して点滅する。


【レベルアップ】

【Lv1→Lv2】

【Lv2→Lv3】


 ……止める。


 今はこれでいい。上げすぎると、逆に目立つ。


 俺は小さく息を吐いた。



     ◇


 侵入者検知が、淡い警告音を鳴らした。


 画面の赤点が増えている。


【侵入者検知:通知】

【ゲート周辺:優先対象接近】


 優先対象――黒崎。


 まだ、帰っていない。


 しかも動きが妙だ。


 赤点が、規制線の外側をぐるぐる回っている。


 誰かと合流している。群れようとしている。


 徒党は厄介だ。だから俺は最初に「単独入場」にした。


 だが、徒党は入場しなくても害になる。


 煽動。略奪。囲い込み。


 現代の悪意は、ダンジョンの外にもいる。


 俺は入場条件をもう一つだけ追加した。


【入場条件:誓約】

【内容:暴力・脅迫・窃盗・囲い込み行為の禁止】

【違反時:報復(自動)】

【備考:ゲート追放(未解放)】


 “自動”の二文字が、頼もしい。


 これで、少なくともこのゲート周りでの悪質行為は抑止できる。


 問題は、他の場所だ。


 前世の日本は、最初の一日で「各地が同時に燃えた」。


 警察も消防も自衛隊も、人手が足りない。


 だから――俺が動く。


 そのために、白石が必要だ。


 俺はバッグを閉じ、白石に向き直った。


「行くぞ」


「どこへ……?」


 答える前に、視界が赤く染まった。


【緊急クエスト発生:国土防衛】

【第二防衛線:千葉湾岸】

【発生まで:01:07:32】


 ……は?


 前世の台本では、第二防衛線はもっと後だ。


 少なくとも今日じゃない。


 俺は息を飲み、画面を睨む。


 台本が、もう崩れている。


 つまり――


 “知っている未来”は、当てにならない部分が増える。


 だが、いい。


 それでも俺は最短で行く。


 俺が握った権限と、俺の頭の中の情報。


 それだけで、まだ十分に勝てる。


「千葉湾岸だ。今から間に合う」


 俺はハンマーの柄を握り、ドアノブに手をかけた。


 外は、もう“いつも通り”じゃない。


 だからこそ――


 最短で、潰す。

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