第9話 三つ子姉妹の長女はM気質のストーカーだった

 俺がさく……当時はサラだと思っていた女の子とはじめて出会ったのは、約半年前。

 店先で掃除するふりをしてサボっていた時のことだ。

 第一高校の制服を着た銀髪の女の子が、ろくでもなさそうな中年男性にナンパされている場面を見かけた。


 俺はバイトをサボるクズ。 

 だけど、他人のピンチを見過ごせるほどのクズでもない。

 バイトをサボるクズがさらにクズ行動を重ねたら、クズが過ぎる。


「いや、でもこいつよりはクズじゃないか?」


 俺は中年男性を見ながら呟いた。


「なんだお前?」

「そっちこそ、なんなんだ」

「あー?」


 中年男性は、見るからに苛立っている。


「アンタの年齢とか身なりで、女子高生にナンパするのは無理があるだろ。何歳差だよ」

「んだお前? オレはただ性の喜びを布教するという崇高な目的を果たすことで、不埒で淫乱な生娘に対して快楽による救いを施そうと……!」

「思ったよりヤバい人だった……」


 俺はドン引きした。


「いいから邪魔するんじゃねえ……待て、お前そこの店の店員か?」

「ああ、そうだ。噂だとウチの店長は怖い人らしい」


 俺は適当なハッタリをかます。


「この店の店長って……アイツか!?」


 何やらビビり始めた。


「い、いいか!? オレは別にお前んとこのシマを荒そうと思ったわけじゃねえんだ……!」

「お、おう?」


 何かに恐れをなして、自称宗教家の中年男性は逃げ出していった。


「持つべき者は、怖い店長だな……」


 何はともあれ、一件落着だ。

 店長って厳つい見た目だけど、何者なんだ……と思っていると。


「あの……助けてくれてありがとうございます!」


 銀髪の女の子に、感謝された。


「別に大したことは」

「いえ、ぜひお礼をさせてください!」

「お礼か……そういうことなら、お店に寄っていってよ」 


 サボり中だったし、せめて集客で貢献しよう。

 そんな軽い気持ちで、俺は女の子を誘った。




 店内にて。


「さて。ご注文は?」

「オレンジジュース……ってありますか?」

「あるけど、珍しい注文だな」


 注文の品を提供すると。


「甘酸っぱくて美味しいです……」


 オレンジジュースを飲みながら、女の子はくつろいでいた。

 ちょうどいいタイミングだ。

 アレを試してもらおう。


「これ、試作品だからタダでいいよ。オレンジジュースと合うかは分からないけど」


 まだメニューにない自家製プリンをサービスした。


「あ、ありがとうございます……!」


 女の子は甘い物を食べて、癒やされている。


「おいしいです! カフェにはあまり来たことがなかったのですが、なんだか癒やされます……」

「そう?」

「最近、疲れていたので」


 確かに、疲れた顔をしている。


「たまにはこういう息抜きも必要ってことかな」

「ですね。それにしてもここは、いいお店です」

「そうかな……?」


 個人的には全くそう思わない。

 おしゃれじゃないし、店長はろくでもないし、バイトの俺はクズだ……と思っていたら。


「素敵な店員さんがいるからです」


 嬉々として言われた。

 その時ようやく、俺は気づく。

 てかこの子、とんでもない美少女だな、と。


「……その制服って、第一高校の?」

「はい。一年生です」

「お兄さんは?」

「俺は第三高校の二年生」

「へー……」


 女の子は、意味ありげに相づちを打ってから。


「また来てもいいですか?」

「もちろん。バイトなんて暇に越したことないけど、少しくらい話し相手がいた方が楽しいから」

「じゃあ来ます!」




 次の日。

 早くも女の子は早くもやってきた。


「今日も会いに来ました」

「カフェに息抜きしに来たんじゃなくて?」

「あ、そうでした。でも、お兄さん目当てなのも本当ですよ」

「……そうなの?」


 にこにこ愛想を振りまきながら言われると、何かあるんじゃないかと期待したくなってしまう。


「名前を聞いてなかったから、ずっと学校でそのことばかり考えてました」

「ずっとって、大げさな」

「本当です! 六限目が終わってから急いで来たんですよ?」

「そんなに気になったんだ、俺の名前」

「はい。だから教えてください」


 お互いの名前を知ったのは、この時だった。


「俺、葉加瀬はかせ三喜人みきと

「私、遠城寺おんじょうじサラって言います」


 自己紹介。

 この時のサラ……さくはまだ、敬語だった。




 一ヶ月後。

 当時はサラだと認識していたさくは、何度かお店を訪れるうちに、すっかり常連になっていた。

 毎回、オレンジジュースを注文している。


「みきとくん、ここで勉強してもいい?」


 会話では、敬語が抜けていた。

 タメ口になった時は、距離が縮まったからだと受け取っていたけど。

 思えばアレは、さくがサラとして振る舞い始めた証だったのだろう。


「構わないけど、俺も作業するね」

「バイトなのにいいの?」

「俺はクズなんだ」

「うーん、なんだかなあ」


 呆れられた。

 テーブル席で向かい合って、それぞれの作業をする。

 

「みきとくんはパソコンで何してるの?」

「ゲームを作ってる」

「へー、高校生なのにすごい」


 サラは素直に感心してくれた。


「将来はフリーランスのエンジニアとして食っていきたいと思っているから、プログラミングの勉強を今のうちからしたくて」

「みきとくんは夢のために頑張ってるんだねえ」

「まあ、かなり美化して言えばそうなるけど、実情はバイト中に別作業するクズだ」

「でも、それができるのはみきとくんがバイトの業務を効率化したからだと思うよ?」


 サラの指摘は、一理ある。


「まあ、そこは頑張ったよ。あくまでも、サボるために」

「それに私という、常連客を確保しているし」

「結果論だ」

「なんだかんだ言いつつシゴデキで、程々に力を抜くバランス感覚の持ち主だし、困った人を助けてくれるし」

「今日はやけに褒めてくれるんだな?」


 かわいい女の子に褒められまくったら、鼻の下が伸びてしまうだろう。


「まだあるよ。この前は、クレーマーを華麗に撃退していたよね」

「そんなこともあったな……」


 以前、店の前にいたナンパ男が今度はクレーマーとして店に乗り込んできて軽く店の備品を壊したりしたので、当然のように警察に突き出した。


「このご時世、お客様は神様じゃないからな。お店で理不尽な言動を繰り返せばカスハラだし、それが行きすぎたら犯罪だ」

「とにかく、そうやってお仕事を頑張って、その上で目標のために行動するなんて、すごいと思うよ」

「そうかな……?」


 もしかしてこの子、俺を口説いているのか……なんて気すらしてくる。

 後から思えば、実際に口説かれていたんだろうけど。


「私も夢のために頑張っている人だから、同じように頑張っている人を見ると尊敬するなー」

「夢?」

「うん、夢」


 サラはカメラを取り出して、俺の写真を撮った。


 俺はこの頃、相手が三つ子だと認識していなかった。

 お店以外でも会っているつもりで、サラ……さくと接していた。

 実際にお店以外の場所で会っていたのは、あやらんだったわけだが。

 三つ子も一人のサラとして振る舞っていたから、気づかなかった。




 しばらく経ったある日。


 俺とサラはすっかり打ち解けて、個人的なお悩みを聞くようになっていた。

 サラは学校で大事な仕事を任されていて、忙しいらしい。

 

 さらに、夢を追うにあたって成績を維持することは必須条件。 

 そのために頑張りすぎて、疲れていた。

 思えばこの悩みは、サラという架空の人物ではなく、さくのものだったのだろう。


「そうやって疲れているときに、このお店に来ると癒されるんだー」


 お店に来ると癒やされる。

 そう言ってくれるから、俺もサラが満足できる場を提供できるよう努力した。


「確かに最初の頃は疲れていたけど、今は明るくて楽しそうだな」

「でしょー?」

「まあ、この店がそんなにいいかと言われると、疑問だけど」

「みきとくんと一緒に過ごせるからだよ。そんなお店、他にないし」


 この頃、サラは俺のことを好きなのかもしれないと察していたし。

 俺もサラに……さくに惹かれていた。


 それから、しばらくして。

 俺はサラとデートを何度か重ねて告白し、付き合うようになった。




 付き合いたての頃。

 彼氏と彼女という関係になってからも、サラはお店に来ていた。


「サラってカメラを持っているけど、趣味なの?」

「んー、まあそんなところかな」


 写真を撮られた。


「ちなみに最近はお気に入りの被写体があるんだ」

「なに?」

「みきとくん!」


 妙に誇らしげだ。


「確かに、前からよく撮っていたけど……他の撮りたい物があるついでに、おふさげしているのかと」

「そういう側面もあったけど……やっぱり今はみきとくんがお気に入りだよ」


 ぱしゃぱしゃ撮られる。


「シャッター音を立てたら、他のお客さんに迷惑だよ」

「他のお客さんなんていないのに?」


 サラはそう言って、一緒に椅子に座って写真を撮ってきた。



 馴れ初めを話し終えて、現在。

 俺は相手が三つ子の長女、遠城寺おんじょうじ咲楽さらことさくだと認識して、一緒に過ごしている。

 いつものカフェにて。

 偶然にも、同じように一つの椅子に二人で座っている。


「写真でも撮る?」

「撮ります」

 

 咲はカメラを取り出すと、器用に俺とのツーショットを撮影した。


「せっかくだし、どんな感じに撮れたか見てみたいな」

「どうぞ?」


 デジタル一眼の背面モニターで、撮影した画像を見る。


「……やっぱり咲は、写真撮るの上手なんだね」

「でしょう? せっかくだから、他の写真も見てください」

「うん……うん?」


 何気なく言われたので、過去に撮影した写真を順番に見ていったら。

 俺の後ろ姿とか、彩や蘭と二人で過ごしている時の様子とか、俺が自宅で寝ている時の写真まであった。

 な、なんだこれは。


「これ……どうやって撮ったの?」


 恐る恐る、聞いてみると。


「みきと先輩が、あやちゃんやらんちゃんとデートしている時に、こっそり見守っていたり」

「うん?」

「私自身とみきと先輩がデートした後、お別れしたフリをしてお家まで尾行したり」

「ええ?」

「二人で過ごしている時、みきと先輩がお手洗いに行った間に鍵をお借りして、合鍵を作ってお家に上がらせてもらったり」

「うーん?」


 咲の仰天エピソードを耳にして、俺が首を傾げていると。


「とにかく、みきと先輩が好きすぎて頑張りました!」


 褒めて褒めて、とばかりに、咲は眩しい顔をする。


(なんだか愛が重い……というかストーカーっぽいな?)


 咲の知られざる一面を前に、俺が困惑していると。


「それで、寝ている様子をもっと撮りたいのですが……毎回お家に潜入するわけにはいかないので、最近は見守りカメラの導入を検討しています」


 プレゼンでもするみたいなノリで、咲は言った。


「うん、やめてね」

「やはりみきと先輩もそう思いますか?」


 咲もやり過ぎだという自覚があるのかと思ったら。


「私も自分でシャッターを押してこそ王道だと思って、迷っていたんですが……みきと先輩が言うなら、やめておきます」


 咲は女子高生ながら、賞を取るくらいの写真家だ。


「咲なりの、こだわりがあるんだ」

「はい。ですが一人では限界でして……実は第三高校の写真部の方からみきと先輩の写真を買ったりもしているんです」

「お金がもったいないからやめようね」


 俺は適当な理由をつけて咲を止めた。

 

「ですね。でも、これからは三つ子全員が彼女になったので、より多くの時間みきと先輩の動向を追えるので……そういう意味ではお得です」


 咲の斜め上の返事を聞いて、俺は気づく。


「まさか、咲が三つ子全員で付き合いたいと思うのは、そういう理由もあったり……?」

「私たち三つ子で、みきと先輩を拘束する時間を増やしたら、四人とも幸せだと思うんです!」


 咲は笑顔で物騒なことを言っていた。


「幸せ、幸せか……」


 俺自身、物騒だと思いつつも、悪い気はしていなかった。

 こんなにかわいい彼女から、全力で好意を向けられているんだ。


(正直、ほかの感情よりうれしさが勝つよなあ……)


 ちょっとどころではなく、好意の表現方法が変わっているけど。


「……いずれにせよ、想像より咲が俺のことを好きすぎて、驚いた」

「はい! ですから位置情報を共有し合いましょう」

「うん?」


 脈絡のない咲の言葉に疑問を抱いている間に。

 咲はスマートタグつきの首輪みたいな道具を取り出してきた。


「えーっと、それは?」

「本来はワンちゃんとか猫ちゃん用なんですけど、これを着けていれば大体の位置が分かります」

「これを……俺に着けろって?」

「もちろん私も着けて、みきと先輩に位置情報を共有します」


 位置情報って、スマホアプリとかでも共有できる気がするんだけど。

 なぜわざわざ首輪なんだ? 

 という質問は、多分受け付けてくれないだろう。

 だから、代わりに。


「じゃあ、まずは言い出しっぺの法則で。咲が着けてよ」


 俺は冗談のつもりで言ってみたが。


「で、では……みきと先輩に着けてほしいです」


 緊張した面持ちで、咲が首輪を渡してきた。

 これを俺が、咲の首に着けろ、って。

 なんだか……特殊なプレイみたいだ。


(というか……)


 咲はそういうプレイとして興奮していないか?


「本当は、こういうのが好きなんだ?」

「……」


 咲は返事をせず、喉をごくりと鳴らした。


 俺のかわいい三つ子彼女の長女・咲は、どうやらMっけのあるストーカーだったらしい。


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