第8話 バイト先で三つ子姉妹の長女とキスをする

 翌日の放課後。

 駅から徒歩三分、寂れた雑居ビル一階に店を構える、カフェ兼バーに俺はいた。

 カウンター席がメインで、テーブル席は少しだけの、手狭な個人店。

 

 俺のバイト先だ。

 十八時までカフェ、十九時からバーで営業している。

 平日、週二、三回程度シフトに入っている。

 十六時半から十九時まで。日給三千五百円。

 バーでは働かない。

 それと土日もプライベート重視でシフトを入れていない。


 駅近と言っても、周辺にあるのは住宅街や、学校くらいだ。

 特段、栄えているわけじゃない。

 だからこの時間、一応店を開けているものの、ほとんど客は来ない。


 店長はバーの夜間営業に備えて、サボって寝ているし。


 だから俺も、テーブル席でパソコンを開き、お店のグラスに注いだ水をお供に、時給が発生する状況の中で好き勝手ゲーム制作に勤しんでいる。


(実にクズだな、俺)


 作業を始めて十分後。


 からんからん。

 来店を告げるベルの音が鳴った。


「いらっしゃいませ……あ」

「こんにちは、みきと先輩」


 学校帰りのさくがやってきた。

 今日からしばらく、咲が俺を独占していい期間だと、三つ子の間で取り決められた。

 目的は、俺が三つ子それぞれのことをよく知るためだ。


 咲は案内される前に、俺の向かい側に座った。


「やあ、咲。ご注文は?」

「いつも通り、オレンジジュースでお願いします」

「了解」


 俺は一度席を立ってカウンターに向かい、飲み物を用意する。

 本当は店長の仕事だが、サボっているから仕方ない。


 サラはこの店の常連客だ。

 と言っても、今日に限らずサラがこの店に来るのは、俺がシフトに入っているときだけらしい。

 思えばのに。

 すごい偶然だ。


 サラが来るようになってから、この店はオレンジジュースの仕入れが増えた。

 いつも同じテーブルで顔を合わせて、俺はゲーム制作を、サラは勉強をしながら。

 一緒の時間を過ごして、少しずつ仲良くなっていった。


「みきと先輩は知っていますか?」


 おもむろに、咲が話しかけてくる。


「何を?」

「この店に足繁く通っていたのは、私一人なんですよ」

「つまり……あやらんはこの店に来たことがないってこと?」

「はい。実は最初からそうなんです」

「最初からって……」

「この店の前で、みきと先輩と初めて会ったあの日……助けてもらったあの時から、ずっとです」

「そうだったんだ。もしかして、あの時に一目惚れした?」


 俺は冗談めかして言いながら、オレンジジュースを提供した。


「……実は、そうなんです」


 すると咲は、照れ顔で思わぬリアクションを返してきた。


「え。何それ。かわいすぎない?」

「ちゅーしてもいいですよ?」


 咲は顔を少し上に向けて、求めてくる。

 俺はその誘惑に負けそうになるが、念のため再確認する。


「今の俺たちって、彼氏と彼女なんだよね」


 俺たちとは、俺と咲だけでなく、彩と蘭のことも指している。


「もちろん、私はみきと先輩の彼女ですよ。あやちゃんもらんちゃんも同じです」

「彼女が三人って、今更ながらお財布事情が大変そうだ……」


 その辺の高校生よりはお財布が潤っている自信はあるし、なんとかなるか……?


「一人ずついちゃいちゃした上で、どうしても誰か一人を選びたいならそれでもいいですよ?」

「前も言ったけど、それはしないと決めたんだ」


 俺は三人全員と付き合うと決めた。


「じゃあやっぱり、三人全員といちゃいちゃするのが結論ですね」


 まるでそうなると分かっていたような調子で、咲は言う。


「俺って、選択肢を与えてもらったようで泳がされてるだけなのかな」

「泳がせていると言うよりは……私たちきっと、素敵な彼氏ができてはしゃいでるんですよ」


 はしゃいでいると言われたら納得だ。

 今の咲は「幸せの絶頂!」という感じでにこにこ愛嬌を振りまいている。


「……好きすぎる」

「じゃあ、ちゅーできますね」

「確かにそうなる……のか?」


 また流されている気がする。


「……でもお店だし、バイト中だし」

「少しくらいならバレませんよ。私、店長さん見たことないですし。他のお客さんも今はいないでしょう?」

「確かに、二人きりだ」


 店内は静かだ。

 バーと兼用なので、ほどよく薄暗いムーディーなライトが俺たちを照らしている。


「ということで、どうぞ」


 キスを待ち受ける、咲の顔を前にして。

 俺は我慢できなかった。


 キスをする。

 ここぞとばかりに、口の中に舌が入ってきた。


「ん……!?」

「んふふ……ちゅっ」


 微かに笑い声を漏らしながら、咲は舌を絡めてくる。

 そのまましばらくの間、熱く口づけを交わして。


「はあ……バイト中なのに、やりすぎだ」

「ぷはっ。ふぅ……でも、みきと先輩はこういうの好きでしょう?」


 少し息を上げながら、咲は勝ち誇ってくる。

 まったくもって、否定できなかった。

 ので、別方向で言い返してみることにした。


「……でも、実は咲も舐めるの好きだよね」

「惜しいですね」

「惜しいって?」

「少し違います」


 咲は呼吸を整えながら、答える。


「じゃあ、何?」

「好きな人を……みきと先輩を舐めるのが好きなんです」


 ぺろっと頬を舐められた。


「俺の彼女って、こんなに積極的だったっけ……」

「前からこんな感じでしたよ」

「……言われてみれば、最近はそうかもな」


 出会いから付き合うまで約四ヶ月。

 付き合ってから約二ヶ月。

 俺と三つ子姉妹……数日前までは一人の「遠城寺サラ」として認識していたが、いずれにせよ。

 彼女とは比較的プラトニックな関係を築いてきた期間が長かった。

 が、それでもお互い思春期の男女だ。

 近頃は、今まで抑えていた本心や欲求を、少しずつさらけ出すようになっていた。

 

「ちなみに、三人とも同じ調子ですよ」


 当たり前のように言われた。


「三人とも、さてはめちゃくちゃ俺のことが好きだな?」

「はい!」


 キラキラした笑顔を、まっすぐ向けられる。


「にしても……俺に一目惚れって、どういうところで?」

「最初は助けてもらった吊り橋効果……的なものもあったかもしれませんが、何より」


 咲の言葉が止まった。


「何より?」

「顔……ですね」


 咲は、ぽっと頬を赤くする。


「顔? 俺って別に、イケメンでも何でもないけど」

「私好みの……もっと言うなら、私たち好みの顔なんです」


 どうやら三つ子全員、俺の顔が好みらしい。


「……俺、この顔で良かったよ」

「ふふ、そうですね。でも、吊り橋効果や顔はきっかけです」

「つまり……他に好きになった理由があるってこと?」

「はい。この店で一緒に過ごせば過ごすほど、みきと先輩のことを知れば知るほど、もっともっと好きになりました」

「そうなんだ……」


 あまり、実感がわいてこない。

 俺は椅子に座り込んだ。


「さてはみきと先輩、ピンときていませんね?」

「バレてたか」

「仕方がないので教えてあげます。出会いのところから」


 咲はそう言いつつ、同じ椅子に座ってきた。

 椅子は一人用なので、当然狭い。


「説明するのに、この距離感の必要ある?」


 近い。

 というか密着している。

 相変わらず体温高いな……湯たんぽ代わりにちょうどいい。


「あります」


 俺が和む一方で、咲は真剣だった。

 この店で二人きり、甘えてくる時は基本的にこの体勢だ。


「ということで、架空の彼女「遠城寺おんじょうじサラ」ではなく、私……咲とみきと先輩の馴れ初めをお話しましょう」


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