第2話 報復の雨


一週間後。


通夜と葬儀、そして息の詰まるような慌ただしい手続きの一切を終えた私は、心身ともに鉛を飲み込んだかのように重くすり減った状態で、再びオフィスの自動ドアをくぐった。


フロアに足を踏み入れた瞬間、空気が変わったのが肌でわかった。


私を遠巻きに気遣う同僚たちの視線と、

それとは対照的な、皮膚を刺すような一つの視線。


トシアキ課長だった。


彼はデスクから私を一瞥すると、侮蔑を隠しもせずフンと鼻を鳴らし、すぐに視線をモニターに戻した。


その日から、彼の陰湿な報復が始まった。


私が夜を徹して仕上げ、完璧だと思った企画書を提出しても、ミーティングルームに呼び出され、分厚い資料をデスクに叩きつけられた。


「この程度の質で休んでいたのか。これじゃ、話にならん」


真っ赤なインクで、「熱意が足りん」「具体性ゼロ」と殴り書きされたページ。

結局、すべてはトシアキさんの個人的な感情のゴミ箱に捨てられ、作り直しを命じられた。


会議では、私が発言している最中に、トシアキさんは意図的に遮った。


「ああ、それはいい。で、タナカ君、例の件だが」


私の言葉は宙に溶け、存在しないものとして扱われた。露骨な無視。朝の挨拶だけが、私を避けて交わされる。


同僚たちは私を庇おうと視線を送ってくれるが、トシアキさんの絶対的な権威の前では、誰もが萎縮し、口をつぐむしかなかった。


極めつけは、ある朝の全体ミーティングだった。


彼は、全員に聞こえる張りのある声で、私を名指しこそしなかったが、明らかに私という的だけを射抜く言葉を放った。


「いいか諸君。チームの和を乱すのは、私的な感情を優先して公の責任を疎かにする人間だ。自己管理不足はプロ失格だということを肝に銘じろ!」


私的な感情。

公の責任。


父の死を悼むことが、「自己管理不足」。


悔しさに唇を噛みしめると、鉄の味がした。

心の糸が、張り詰めていた最後の糸が、ぷつりと音を立てて切れかけた。


(このままじゃ、ダメだ)


この不当な環境に屈することは、父の死までも、この男の理不尽によって侮辱されたままにすることだ。


私は決意し、トシアキさんのさらに上位にあたる、タケシ部長の部屋のドアをノックした。


タケシ部長は、物腰の柔らかい、話のわかる上司だった。


私の訴え――父の死の連絡から、忌引き明けの執拗なパワハラに至るまで――を、タケシ部長は眉間に深い皺を刻みながら、一度も遮ることなく、真摯に最後まで聞いてくれた。


「……そうか。ノゾミさん、辛い中、よく話してくれた。それは、断じて許されることじゃない」


部長はすぐにトシアキさんを呼び出し、別室で厳しく注意した。

閉められたドア越しに、部長の怒声が漏れ聞こえてくる。


「個人的な感情で部下に嫌がらせをするのはパワラハだぞ!」

「改めて、チームの士気を高めろ」


普段は聞かないほどの強い声だった。


部長の介入により、表立った嫌がらせは、確かに減った。

しかし、トシアキさんの仕事至上主義という歪んだ信念は、何一つ揺らいでいなかった。


エレベーターで二人きりになった時。

給湯室でコーヒーを淹れている、その背後から。


彼は、まるで毒を盛るように、囁くように嫌味を続けた。


「部長には言われたがな、ノゾミ。結局、このプロジェクトで成果を上げているのは、私だ。家族なんて後回しでいいんだ。大切なことのためなら、多少の犠牲は当然だ」


その冷たい言葉は、氷の棘のように、私の心に深く、深く突き刺さり続けた。


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