モナリザ・ビジョン

アイス・アルジ

(完結することのない)モナリザ・ビジョン

 レオナル・ド・ダビンチは、生涯〝モナ・リザ〟を手元に置いていた。モナリザの神秘的な微笑みは、レオナルドが常に手を入れ、新たなレイヤが重ねられ、消しては隠され、見つめられ続けた〝時〟の堆積。光の粉の溶け込んで定着した、薄膜のようなベールの下から、空間と時間を超えて見つめ返してくる量子的な現象。


 この 縦77㎝ 横53㎝ の絵に魅入られた研究者は多い。モナリザのモデルは誰なのか? レオナルドとの関係は? 微笑の正体は? 背後の荒々しい景色は? なぜレオナルドは生涯筆を入れ続けたのか? この絵がたどった歴史的背景と運命は? レオナルドは最終的に何を求めたのか? など。


 スフマートといわれる繊細な技法により描かれたモナリザの画面には、細かなひび割れが無数に走っている。これは、今でこそ名画といわれるこの絵が辿ってきた運命が、必ずしも順風でなかった明かしかもしれない。レオナルドの生涯のように。それでも壁の下地に塗り込められ忘れ去られた〝レパントの海戦〟や、剥がれ落ち薄れてしまった〝最後の晩餐〟と比べれば、恵まれていたかもしれない。


 モナリザを見るために、今では、世界中から溢れるほどの人々が、過去を閉じ込めたルーブルの個室に押し寄せる。しかし、人はモナリザという確固たる絵画を見るのではなく、モナリザというビジュアルのアイコンを見る。真に、インスピエーションに射貫かれ、モナリザから見つめ返される人は決して多くない。レオナルドがモナリザに〝誰か〟を求め続けたように、モナリザも、特別な〝誰か〟を求めているのかもしれない。



 あなたも〝何か〟を求めずにはいられなくなる。あなたは〝モナリザ・ビジョン〟のコンセプトを探る。


A:画家は、レオナルドの意図を探ろうと、食い入るように模写し続けた。


Y:歴史研究者は、モナリザを生身の女性として、そのモデルを追い求めた。


U:絵画研究者は、その絵の下に塗り込められた歴史をしるため、あらゆる波長でその筆跡を分析した。


W:科学者は、その絵に隠された暗号を、画像解析と数学的解釈を駆使して読み取ろうとした。


C:建築家は、モナリザの構図から黄金比を割りだし、現代建築の構造に応用した。


M:文学者は、絵画的世界観とモデルに込められた物語を読み取り、あらたな物語を紡いだ。


N:ゲームクリエーターは、レオナルドが仕掛けたトリックを暴こうとした。


L:CGクリエーターは、モナリザを3Dデータとして再現しようと、数値として取り込んだ。


S:陰謀論者は、ひび割れに隠された、暗号化されたメッセージがあると信じていた。


V:写真家は、モナリザのひび割れを消し、修正復元した完全な画像を求めた。


P:地理学者は、背後に描かれた実際の地と、レオナルドの関連を特定しようとした。


R:服飾デザイナーは、モナリザの衣装の時代背景を特定し、その意味を知ろうとした。


J:現代音楽の作曲家は、モナリザ交響曲を作曲し発表した。


T:声楽家は、モナリザの声を推測しAIにより再現しようとした。


O:劇作家は、モナリザを主人公とした悲劇の物語りを書いた。


B:俳優は、モナリザになりきり彼女の心の内を演じようとした。


K:コメディアンは、モナリザが登場するギャグを披露した。


H:能面作家は、モナリザの顔を再現した能面を彫り上げた。


I:能楽師は、その面を着けて神話的な静と動の能を舞った。


G:モダンアートの作家は、モナリザのシルエットの背後に都市の映像を当てはめた映像を造った。


D:そして、戦争、災害、現代文明の荒廃などと組み合わされ、モナリザの意識の投射を象徴するビジュアルとなり、ネット上に拡散していった。


E:モナリザは、アカデミックでブルジョア的なアイコンから、ディストピア的アイコンへと変貌し、経済効果という幻のなかに漂う。


F:しかし、モナリザの口は、未だに決して何も語らない。ただ、その絵の背後から、暗に語り続けようとしているだけだ。


Q:レオナルドは、見事に騙しおおせたのだろうか? すべては、謎のまま、時代を超えて反覆し増幅する。


X:(これこそ)Mona Lisa Vision



 あなたの住む都市空間、モンテカルロの暑すぎる内海都市を見渡す廃墟で、あなたは山火事の煙に霞む〝モナリザ・ビジョン〟を見るかもしれない。

 あるいは、サマルカンドの交易が途絶え砂漠化した内陸都市のモスクの前でたたずみ、観光客が絶えたラパスの高山都市のスラムや、大雨に溺れようとするプノンペンの密林都市の混乱のなかで、呆然と立ち止まりながら。


〝時〟は水のように流れ、やがてあなたの足元へ流れ下る。その水の源泉は遥かな山の頂、雲が沸き起こる大気のなか。あなたはどこで生まれ、どこへたどり着くのか。あなたは足もさえ見知ることはできない。

〝モナリザ・ビジョン〟の焦点を占める夫人は、見つめ、その行きつく視線の先を覆い何も語ることはない。ただ、ひそやかな微笑ほほえみだけを返す。その微笑は、希望のある未来への祝福なのか、あるいは、未来の苦難と不安を悟られぬよう隠すための微笑なのか。


 あなたは、老化した未来都市 Tokyo に横たわる美術館の構造、永遠に歳を取らない Mona Lisa の微笑〝モナリザ・ビジョン〟の前で、目眩のような〝時震〟に襲われる。


 ああ(いずこ)Mona Lisa Vision よ。あなたの〝モナリザ・ビジョン〟は、決して完結することはない。



(2026/01/03)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モナリザ・ビジョン アイス・アルジ @icevarge

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画