第2話:訓練場の掃除
レオナルドの手が、剣の柄を握る。
だが抜いたのは、実戦用の鋼の剣ではなく、訓練用の木剣だった。
「安心しろ、出来損ない。殺しはしない」
レオナルドの笑みが深くなる。
「ただ...少し痛い思いをしてもらうだけだ」
(逃げられない...)
ユートは周囲を見渡す。
レオナルドとアルベルト、そして取り巻きの訓練生たち。完全に包囲されている。
訓練場の出口までは、少なくとも二十メートル。その間を突破するのは不可能だ。
(なら...耐えるしかない)
ユートは覚悟を決める。
反撃すれば、更なる制裁が待っている。それは過去の経験から学んだことだった。
「おい、出来損ない。せめて逃げる努力くらいしたらどうだ?」
アルベルトが、挑発的に笑う。
「その方が、俺たちも楽しめる」
訓練生たちが、ゲラゲラと笑う。
ユートは黙っている。
何を言っても無駄だと分かっているからだ。
「つまらん奴だな」
レオナルドが舌打ちする。
「まあいい。では――始めるか」
レオナルドが木剣を構える。
その瞬間、彼の全身から赤い炎が立ち上った。
【炎剣術(フレイム・ブレード)】。
炎神イフリートの加護を受けたレオナルドが得意とする、炎を纏った剣技だ。
木剣が、燃え盛る炎に包まれる。
「行くぞ!」
レオナルドが踏み込む。
速い――!
炎を纏った木剣が、ユートの足元に振り下ろされる。
轟音と共に、地面が炎に包まれた。
「うっ!」
ユートは咄嗟に後方へ飛び退く。
神界で培った反射神経が、身体を動かしていた。
間一髪。
さっきまでユートが立っていた場所が、黒く焦げている。
「ほう」
レオナルドの目が、わずかに見開かれる。
「避けたか。生意気な」
(まずい...反射的に避けてしまった)
ユートは内心で焦る。
今まで、兄の攻撃を避けたことはなかった。常に耐えることを選んできた。
だが今回は、身体が勝手に動いてしまった。
(神界での鍛錬の成果が、意識せずに出てしまっている...)
「おいおい、兄さん」
アルベルトが、面白そうに笑う。
「こいつ、避けましたよ? 生意気じゃないっすか」
「ああ。だから――」
レオナルドの表情が、険しくなる。
「もっと本気でいくか」
炎が、更に激しく燃え上がる。
レオナルドの全身を包む炎が、一段階強くなった。
「【炎剣術・連撃】!」
木剣が、連続で振るわれる。
一撃、二撃、三撃――!
炎の斬撃が、次々とユートに迫る。
(速すぎる...!)
ユートは必死に避ける。
右へ、左へ、後ろへ。
だが――
四撃目が、ユートの肩を掠めた。
「ぐっ!」
服が焦げ、皮膚が焼ける。
激痛が走る。
「おっと、当たっちゃったか」
レオナルドが、わざとらしく舌を出す。
「すまんすまん。手加減が難しくてな」
(嘘だ...完全に狙っている)
ユートは痛みを堪える。
肩が焼けるように痛い。だが、声は出さない。
(悲鳴を上げれば、もっと楽しまれるだけだ)
「兄さん、俺にもやらせてくださいよ」
アルベルトが前に出る。
「ああ、好きにしろ」
レオナルドが下がり、代わりにアルベルトが前に出る。
アルベルトの手に、青白い電光が走る。
【雷撃魔法(サンダーボルト)】。
雷神トールの加護を受けたアルベルトの得意魔法だ。
「じゃあ、行くぜ。出来損ない」
アルベルトが手を振る。
その瞬間――
バチッ!
青白い雷が、ユートの足元に落ちる。
「うわっ!」
ユートは跳ねるように避ける。
雷が地面を焦がし、土埃が舞い上がる。
「おっと、外れた」
アルベルトが、悪戯っぽく笑う。
「もう一発!」
バチッ! バチッ! バチッ!
連続で雷が降り注ぐ。
ユートは必死で避け続ける。
(このままでは...!)
だが、避け続けるのにも限界がある。
疲労が蓄積し、動きが鈍くなる。
そして――
バチィィッ!
四発目の雷が、ユートの背中に直撃した。
「があっ!」
全身に激痛が走る。
筋肉が痙攣し、身体が動かなくなる。
ユートは膝をつく。
「やった! 当たったっす!」
アルベルトが、まるで子供のようにはしゃぐ。
「どうだ、出来損ない? 痛いか?」
(痛い...すごく痛い...)
ユートは歯を食いしばる。
背中が焼けるように痛む。呼吸をするのも辛い。
だが――
(絶対に...絶対に泣かない)
涙を堪える。
悲鳴も上げない。
それが、ユートができる唯一の抵抗だった。
「おい、もう終わりか? つまらん」
レオナルドが、失望したように言う。
「もう少し楽しませろよ、出来損ない」
レオナルドの木剣が、再び炎に包まれる。
(まだ...続けるのか...)
ユートは必死に立ち上がろうとする。
だが、身体が言うことを聞かない。
雷撃のダメージが残っていて、力が入らない。
「ほら、立てよ」
レオナルドが、木剣でユートの肩を小突く。
その度に、痛みが走る。
「立てって言ってるんだ、出来損ない!」
レオナルドの声が、苛立ちを帯びる。
(くそ...!)
ユートは拳を握る。
(このままじゃ...一方的にやられるだけだ...)
神界での記憶が蘇る。
父グランディオスの言葉。
「真の強さとは、他者を守るためにある」
そして――
「だが、自分を守ることができなければ、他者を守ることもできない」
(そうだ...時には、戦わなければならない時もある)
ユートの中で、何かが変わる。
(俺は...もう我慢の限界だ)
立ち上がる。
痛みを堪えて、しっかりと大地を踏みしめる。
「ほう、まだ立つか」
レオナルドが、面白そうに笑う。
「だが無駄だ。お前に魔法は使えない。剣の訓練も受けていない。何ができる?」
確かに、その通りだった。
ユートは魔法を使えない。呪いのせいで、魔力が不安定だからだ。
剣の正式な訓練も受けていない。
だが――
(神界での記憶がある)
アルティナから教わった剣技。
グランディオスから学んだ戦闘技術。
エリディアから授かった知恵。
それらが、ユートの中で眠っている。
(今こそ...それを使う時だ)
ユートは、地面に落ちていた木の枝を拾う。
長さは約一メートル。即席の剣として使えるだろう。
「何だ? 木の枝で戦うつもりか?」
アルベルトが、腹を抱えて笑う。
「ギャハハ! マジかよ、こいつ!」
訓練生たちも、ゲラゲラと笑う。
だがユートは、木の枝を剣のように構える。
その構えは――完璧だった。
「...ん?」
レオナルドの笑みが、わずかに消える。
(あの構え...?)
一瞬、レオナルドは違和感を覚える。
木の枝を持つユートの構えが、訓練を受けた者のように見えたのだ。
だがすぐに、その考えを打ち消す。
(まさか。こいつは何の訓練も受けていない。気のせいだろう)
「面白い。なら、本気で相手してやろう」
レオナルドが、再び木剣を構える。
炎が、激しく燃え上がる。
「行くぞ、出来損ない!」
レオナルドが踏み込む。
炎を纏った木剣が、ユートの頭部に向かって振り下ろされる。
殺気すら感じる、本気の一撃。
だが――
カンッ!
木の枝が、木剣を受け止めた。
「...何!?」
レオナルドの目が、大きく見開かれる。
自分の一撃が、木の枝に防がれた。
しかも、完璧なタイミングで、完璧な角度で。
(これは...まぐれか...?)
だが、次の瞬間。
ユートの木の枝が、レオナルドの木剣を弾き返した。
「ぐっ!」
レオナルドが、わずかに体勢を崩す。
そのチャンスを逃さず、ユートは反撃に転じる。
木の枝が、レオナルドの腕を狙う。
「なっ!?」
レオナルドは慌てて防御する。
カンッ! カンッ! カンッ!
木と木がぶつかり合う音が、訓練場に響く。
「何だ...これは...!」
レオナルドは、信じられない思いだった。
(こいつ...いつの間にこんな技術を...!?)
ユートの剣技は、粗削りではあるものの、確かな基礎がある。
それは――訓練を受けた者の動きだった。
***
アルベルトも、唖然としていた。
「嘘...だろ...?」
出来損ないだと思っていた弟が、長兄レオナルドと互角に渡り合っている。
木の枝一本で。
「兄さん、何やってるんすか! 本気出してくださいよ!」
アルベルトの叫びに、レオナルドは我に返る。
「くっ...!」
レオナルドの炎が、更に激しくなる。
プライドが傷つけられた。
出来損ないのはずの弟に、押されている。
それが許せなかった。
「【炎剣術・爆炎斬】!」
レオナルドの木剣が、巨大な炎の刃と化す。
それを、全力でユートに振り下ろす。
(これは...避けられない...!)
ユートは直感する。
この攻撃は、木の枝では防げない。
だが――
その瞬間、ユートの右手が疼いた。
(これは...!?)
手の中で、何かが目覚めようとしている。
それは、封印されていた神の力。
【万物破壊(オール・ブレイク)】。
だが、まだ完全には解放されていない。
(今は...まだ使えない...!)
ユートは咄嗟に横に転がる。
ドガァァァン!
炎の刃が、地面に激突する。
轟音と共に、土が吹き飛び、炎が辺りを焼く。
「はあ...はあ...」
ユートは息を切らせる。
間一髪だった。
あと一瞬遅れていたら、直撃していただろう。
「ちっ...避けたか」
レオナルドも、息を荒げている。
本気の攻撃を避けられた。それが、彼のプライドを更に傷つけた。
「アルベルト、お前も加われ!」
「了解っす!」
アルベルトが、両手に雷を纏う。
(二人がかり...か...)
ユートは木の枝を構え直す。
だが、木の枝は既にボロボロだった。
レオナルドの炎で焦げ、亀裂が入っている。
(これ以上は...持たない)
レオナルドとアルベルトが、同時に攻撃を仕掛ける。
炎と雷。
二つの属性攻撃が、ユートに迫る。
(まずい...!)
ユートは必死に避ける。
だが――
バチィィッ!
アルベルトの雷が、ユートの足を捉えた。
「ぐあっ!」
足が痺れ、動けなくなる。
「今だ、兄さん!」
「ああ!」
レオナルドの炎の剣が、動けないユートに迫る。
(終わり...か...?)
だが、その時――
「そこまでです!」
凛とした声が響いた。
***
訓練場の入り口に、一人の男性が立っていた。
身長百九十センチ。短く刈り込んだ銀髪、鋼色の瞳。全身から放たれる威圧感は、歴戦の戦士のものだ。
エドワード・フォンテーヌ。
リリアナの父にして、王国屈指の聖騎士だ。
「エドワード様...!」
レオナルドは慌てて攻撃を止める。
炎の剣が、ユートの直前で止まった。
「これは...一体どういうことですかな、レオナルド殿」
エドワードの声は穏やかだったが、その目には怒りの色が浮かんでいた。
「い、いえ...これはただの訓練で...」
「訓練?」
エドワードが、一歩前に出る。
その威圧感に、レオナルドは思わず後退する。
「二人がかりで、武器も満足に持たぬ相手を痛めつけるのが、訓練ですかな?」
「それは...」
レオナルドは言葉に詰まる。
エドワードは、倒れているユートに近づく。
「ユート殿、大丈夫ですか」
優しく声をかけ、ユートを起こす。
「は、はい...ありがとうございます」
ユートは痛む身体を引きずりながら、立ち上がる。
エドワードの目が、ユートの傷を見て細められる。
「酷い火傷に、雷撃の痕...これは訓練の範疇を超えていますな」
エドワードは、レオナルドとアルベルトを睨む。
「お二方は、ウォーカー家の長男、次男でしょう。その立場にありながら、弟君をこのように扱うとは...」
「し、しかし、こいつは...」
「こいつ、とは?」
エドワードの声が、一段低くなる。
「ユート殿は、れっきとしたウォーカー家の一員。そして我が娘リリアナの婚約者です。その方をこのように扱うことは、フォンテーヌ家への侮辱とも受け取れますが」
その言葉に、レオナルドとアルベルトは顔色を変えた。
フォンテーヌ家は、ウォーカー家と同格、いやそれ以上の名門だ。
その家長を怒らせることは、外交問題にすらなりかねない。
「も、申し訳ございません...」
レオナルドは、渋々頭を下げる。
アルベルトも、不承不承ながら続く。
「分かれば良いのです」
エドワードは、それ以上は追及しなかった。
だが、その目には明らかな不快感が残っている。
「では、失礼します」
レオナルドとアルベルトは、訓練生たちを引き連れて立ち去る。
その背中には、屈辱と怒りが滲んでいた。
***
二人が去った後、エドワードはユートに向き直る。
「ユート殿、治療を」
「いえ、大丈夫です」
ユートは笑顔を作る。
だが、その身体は痛みで震えていた。
「無理をせず。マルグリット、お願いします」
エドワードの後ろから、優雅な女性が現れる。
淡い金髪をアップスタイルにまとめ、薄紫色の瞳を持つ美しい女性。
マルグリット・フォンテーヌ。エドワードの妻にして、リリアナの母だ。
「まあ、なんてこと...」
マルグリットは、ユートの傷を見て眉を顰める。
「すぐに治療しますね」
マルグリットの手が、柔らかな光に包まれる。
【結界魔法(バリア・マジック)】――その応用である治癒術だ。
光がユートの傷を包み込む。
温かく、優しい光。
傷が、ゆっくりと癒えていく。
「ありがとうございます...」
ユートは、心から感謝する。
(この人たちは...本当に優しい)
フォンテーヌ家の人々は、ユートに冷たくしたことは一度もなかった。
むしろ、いつも気にかけてくれる。
「ユート様」
また新しい声。
リリアナが、息を切らせて駆けてくる。
「ユート様! 大丈夫ですか!?」
「ああ、リリアナ。心配かけて悪かった」
「もう...無茶しないでください」
リリアナの目には、涙が浮かんでいた。
マルグリットの治療が終わり、ユートの傷は大部分が癒えた。
まだ痛みは残っているが、動けないほどではない。
「ユート殿」
エドワードが、真剣な表情で言う。
「率直に申し上げます。このままでは、あなたの身が危ない」
「...はい」
「ウォーカー家の扱いは、度を越しています。正直、我々も見過ごせない」
エドワードの言葉に、ユートは頷く。
(この人は...本当に心配してくれている)
「だが、私たちにも限界があります。家同士の問題に、深く介入することは...」
「分かっています。お気持ちだけで、十分です」
ユートは、微笑む。
「それに...もうすぐ、この状況も変わると思いますから」
「...どういう意味ですか?」
「いえ、何でもありません」
ユートは、それ以上は語らなかった。
(もうすぐ...俺の十二歳の誕生日だ)
その日、ユートは追放されることを知っていた。
神界での記憶が、それを告げている。
(タルタロスへの追放...それが、俺の試練の本当の始まりだ)
恐怖はなかった。
むしろ、期待すらあった。
(ようやく...この牢獄から解放される)
「ユート様...?」
リリアナが、不安そうにユートを見つめる。
「大丈夫だよ、リリアナ。何も心配いらない」
ユートは、リリアナの頭を優しく撫でる。
「俺は...必ず、強くなるから」
その言葉に込められた決意を、リリアナは感じ取った。
「...はい。信じています」
リリアナは、ユートの手を握る。
その温もりが、ユートの心を温めた。
***
その夜。
ユートは自室で、窓の外を見つめていた。
夜空には、無数の星が輝いている。
(神界でも、こんな星空を見たな...)
アルティメアと二人で、星を見上げた夜。
祖父は言った。
「星々は、無数の可能性だ。お前の未来も、あの星のように無限の可能性を秘めている」
(祖父さん...見ていてください)
ユートは、胸にかけた紫色の水晶のペンダントを握る。
母エリディアがくれた、お守り。
それは、今でも温かかった。
(俺は...必ず、試練を乗り越える)
(そして――)
(真の創造神として、覚醒してみせます)
ユートの瞳に、強い決意の光が宿る。
もうすぐ、十二歳の誕生日。
そして、追放の日。
だがユートにとって、それは絶望の始まりではなく――
希望の始まりだった。
窓の外で、流れ星が一筋、夜空を駆けた。
まるで、ユートの未来を祝福するかのように。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
最後まで読んでいただきありがとうございます。
『面白かった!続きが気になる!今後の展開が気になる!』と思いましたら
☆☆☆から、作品の応援をお願いします。
面白かったら☆三つ、つまらないと思ったら☆ひとつでも大丈夫です!
何卒よろしくお願いします。
また、他の作品(・その者、神羅万象の主につき~取り扱いに注意せよ~ ・元天才プログラマー、モンスター育成士になる ・新米農家、配信者になる。~家の納屋にダンジョンが発生したので最近ちまたではやっているダンジョン配信者になろうと思う~)も是非読んでみてください。
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