第3話:唯一の光
その日の午後、ユートは庭園のベンチに座っていた。
訓練場での一件から数時間。マルグリットの治療で傷は癒えたものの、身体の芯には疲労が残っている。
だがユートは、その痛みを気にしていなかった。
(レオナルドたちと戦って、分かったことがある)
木の枝一本で、炎を纏った木剣に対抗できた。
それは偶然ではない。
(神界での鍛錬が、確実に身についている)
アルティナから教わった剣技の基礎。
グランディオスから学んだ戦闘技術。
それらが、十二年の時を経ても、ユートの中に生きていた。
(まだ完全には思い出せていない。でも...)
ユートは自分の手を見つめる。
(あの時、右手が疼いた。あれは間違いなく、封印されていた神の力だ)
【万物破壊】。
創造神の孫として持つ、破壊の権能。
(呪いで封印されている。でも、完全に消えたわけじゃない)
レオナルドの攻撃を受けた時、確かに力が目覚めようとしていた。
(生命の危機が、封印を緩めている...?)
もしそうなら――
(タルタロスでの試練は、俺にとって力を取り戻す機会になる)
大魔境タルタロスは、高ランク魔物が跋扈する死の地。
普通の人間なら、確実に死ぬ。
だが、ユートにとっては――
(成長の場になる)
「ユート様」
優しい声が、思考を中断させた。
顔を上げると、そこにはリリアナが立っていた。
金色の髪が夕日を浴びて、柔らかく輝いている。サファイアブルーの瞳には、心配の色が浮かんでいた。
「リリアナ」
「また...怪我を...」
リリアナは、ユートの隣に座る。
ユートの服の焦げた部分、雷撃で破れた箇所を見て、胸を痛める。
「マルグリット様が治療してくださったから、もう大丈夫だよ」
「でも...」
リリアナの声が震える。
「レオナルド様たちは、酷すぎます。どうしてあんな...」
(この子は、本当に優しい)
ユートの胸が温かくなる。
家族からは冷遇され、使用人からは蔑まれ、兄姉からは虐められる。
そんな中で、リリアナだけが――唯一、ユートに優しく接してくれる存在だった。
「リリアナは優しいな」
ユートは、少女の頭を優しく撫でる。
「ゆ、ユート様...!」
リリアナの頬が、ほんのりと赤く染まる。
(この優しさに、どれだけ救われてきたか)
ユートにとって、リリアナは光だった。
暗闇の中で、唯一輝く希望の光。
「ありがとう、リリアナ。君がいてくれるから、俺は頑張れる」
「ユート様...」
リリアナの目に、涙が浮かぶ。
(私...ユート様のために、何もできていない)
婚約者でありながら、ユートを守ることができない。
ウォーカー家の仕打ちを止めることもできない。
(無力だ...私は、あまりにも無力...)
「リリアナ?」
ユートが、心配そうに覗き込む。
「あ、いえ...何でもありません」
リリアナは慌てて涙を拭う。
そして、精一杯の笑顔を作る。
「それより、ユート様。今日は...お話をしに来ました」
「話?」
「はい」
リリアナは、少し緊張した様子で続ける。
「ユート様、私...いつも思うんです」
「何を?」
「なぜウォーカー家の皆様は、あなたにこんな酷いことをするのか...と」
リリアナの声には、怒りと悲しみが混じっていた。
「ユート様は何も悪くない。暗黒神の呪いだって、あなたのせいじゃないのに...」
「リリアナ...」
「どうして...どうして、こんなに理不尽なことが許されるんでしょうか」
リリアナの拳が、強く握られる。
(この子は...本当に俺のことを想ってくれている)
ユートは、リリアナの手を優しく握る。
「呪いのせいさ」
ユートは、静かに語り始める。
「俺は生まれた時から、暗黒神ニクスの呪いを受けている。魔力が不安定で、まともに魔法も使えない」
リリアナは、じっとユートの言葉を聞いている。
「貴族社会では、魔力のない者は価値がないとされる。だから、家族は俺を...」
「でも!」
リリアナが、強い口調で反論する。
「それは...あなたのせいじゃありません!」
リリアナの瞳に、強い光が宿る。
「暗黒神に呪いをかけられたのは、あなたの責任じゃない。なのに、どうしてあなたが苦しまなければならないんですか!」
「リリアナ...」
「おかしいです。間違っています。こんなの...!」
リリアナの涙が、頬を伝う。
その涙は、ユートへの想いの深さを物語っていた。
***
ユートは、リリアナを優しく抱きしめた。
「ありがとう、リリアナ」
「ユート様...」
「君がそう言ってくれるだけで、俺は救われる」
ユートの声は、穏やかだった。
「確かに、この状況は理不尽だ。でも――」
ユートは、夕日を見つめる。
「これも、俺にとって必要な試練なんだと思う」
「試練...ですか?」
「ああ」
ユートは頷く。
「苦しみを知らなければ、他人の痛みは分からない。虐げられた経験がなければ、弱い者の気持ちは理解できない」
(祖父が言っていた)
「苦難を経験することで、真の優しさが生まれる」と。
「だから、この経験は無駄じゃない。いつか必ず、俺の力になる」
ユートの言葉に、リリアナは静かに聞き入る。
(ユート様は...本当に強い)
身体は虐げられても、心は決して折れない。
その強さに、リリアナは深く感銘を受けた。
「でもね、リリアナ」
ユートが、少女の目を見つめる。
「俺が耐えられるのは、君がいてくれるからだ」
「え...」
「君という光があるから、俺は暗闇の中でも歩き続けられる」
ユートの言葉は、真っ直ぐだった。
嘘や飾りのない、心からの言葉。
「だから...ありがとう」
「ユート様...!」
リリアナの涙が、止まらなくなる。
だが、それは悲しみの涙ではなかった。
(私も...ユート様の力になれているんだ)
嬉しさと、そして――愛おしさ。
リリアナの胸の中で、ユートへの想いが更に強くなる。
「私...」
リリアナは、勇気を振り絞って言う。
「私は...ユート様の婚約者ですから!」
顔を真っ赤にして、でも真っ直ぐにユートを見つめる。
「だから、いつもユート様の側にいます。どんなことがあっても、見捨てたりしません」
「リリアナ...」
「これは...婚約者としての、約束です」
リリアナの言葉に、ユートは深く頷く。
「...ありがとう。俺も約束する」
ユートは、リリアナの手を握る。
「いつか必ず、君を守れる強さを手に入れる。そして――」
夕日が、二人を優しく照らす。
「君と共に、幸せになる」
「はい...!」
リリアナは、力強く頷いた。
***
二人は、しばらく黙って夕日を見つめていた。
庭園には、二人だけ。
穏やかな風が、木々を揺らす。
この静かな時間が、ユートにとっては何よりも大切だった。
「ねえ、ユート様」
リリアナが、ふと口を開く。
「何?」
「ユート様は...将来、どんなことをしたいですか?」
「将来?」
ユートは少し考える。
(俺の将来か...)
神界に帰還すること。
それが最終的な目標だ。
でも、それ以外にも――
「強くなりたい」
ユートは、静かに答える。
「誰にも虐げられない、自分だけの力を手に入れたい」
「力...」
「そして、その力で――」
ユートは、リリアナを見つめる。
「大切な人を守りたい。二度と、理不尽な目に遭わせないように」
(リリアナを守る。フォンテーヌ家の人々を守る)
(そして...いつか、この世界をもっと良い場所にする)
「それが、俺の夢だ」
ユートの言葉に、リリアナは微笑む。
「素敵な夢ですね」
「そう?」
「はい。ユート様らしい、優しい夢です」
リリアナは、ユートの手を握り直す。
「その夢、必ず叶いますよ」
「どうして、そう言い切れるの?」
「だって――」
リリアナは、満面の笑みを浮かべる。
「私が、ユート様を信じていますから」
その言葉が、ユートの心に深く刻まれた。
(そうだ...この子は、いつも俺を信じてくれる)
家族が信じてくれなくても。
世界中が敵に回っても。
リリアナだけは、ユートを信じ続けてくれる。
(だから、俺は負けられない)
「リリアナ、俺――」
ユートが何か言いかけた時。
「リリアナ!」
庭園の入り口から、声が響いた。
二人が振り返ると、そこにはアレクサンダー・フォンテーヌが立っていた。
リリアナの兄、十九歳の好青年だ。身長百八十三センチ、爽やかな金髪の短髪に青緑色の瞳。正義感に満ちた表情が印象的だ。
「兄様」
「探したぞ。もう日が暮れる。帰るぞ」
アレクサンダーは、ユートにも視線を向ける。
「ユート殿、今日の件は聞きました。大丈夫ですか?」
「はい、アレクサンダー様。ご心配ありがとうございます」
アレクサンダーは、複雑な表情を浮かべる。
(ウォーカー家の仕打ちは、本当に酷い)
彼も、ユートの扱いに憤りを感じていた。
(だが、俺たちにできることは限られている...)
フォンテーヌ家とウォーカー家は同盟関係にある。
その関係を壊すわけにはいかない。
(せめて、リリアナとの婚約は守る。それが、ユート殿への最大の支援だ)
「リリアナ、行くぞ」
「はい」
リリアナは立ち上がり、ユートに向き直る。
「ユート様、また明日」
「ああ、また明日」
リリアナは、名残惜しそうに手を振る。
ユートも手を振り返す。
リリアナとアレクサンダーが、庭園を後にする。
***
一人残されたユートは、再びベンチに座る。
夕日が、地平線に沈もうとしていた。
(リリアナ...)
胸の中に、温かなものが広がる。
彼女の笑顔、優しい言葉、そして――信じてくれる心。
(俺は...この子を幸せにしたい)
それが、ユートの新たな決意となった。
(そのためにも、強くならなければ)
ユートは立ち上がる。
夕日を背に受けて、屋敷を見上げる。
(もうすぐ、十二歳の誕生日)
そして、追放の日。
(タルタロスでの試練が、待っている)
恐怖はない。
むしろ、期待すら感じていた。
(そこで、俺は本当の力を取り戻す)
(そして――)
ユートの瞳が、強い光を宿す。
(必ず生きて帰ってくる。リリアナの元へ)
夕日が完全に沈み、夜の帳が降りる。
庭園に、星々が輝き始めた。
ユートは、星空を見上げる。
(神界の家族も、この星の向こうから見ているんだろうか)
創造神アルティメア。
慈愛の女神メルシア。
戦神グランディオス。
知恵の女神エリディア。
そして――武の女神アルティナ。
(皆...俺を信じて、送り出してくれた)
(だから、期待に応えなければ)
ユートは拳を握る。
「見ていてください、皆さん」
夜空に向かって、静かに呟く。
「俺は必ず、試練を乗り越えます」
星が、瞬いた。
まるで、ユートの決意に応えるかのように。
***
その夜、ユートは自室に戻った。
質素な部屋。だが、今のユートには十分だった。
ベッドに横になり、天井を見つめる。
(あと数日で、誕生日か...)
今までの誕生日は、決して楽しいものではなかった。
家族から祝福されることもなく、ただ形式的にパーティーが開かれるだけ。
主役のはずのユートは、隅に追いやられる。
(でも、今年は違う)
今年の誕生日は、ユートの人生の転機となる。
(追放される。タルタロスへ)
だが、それは――
(新しい人生の始まりだ)
ユートは、胸にかけた紫色の水晶のペンダントを握る。
母エリディアがくれた、お守り。
それは、今でも温かかった。
(母さん...見ていてください)
ペンダントに、静かに語りかける。
「俺は、負けません」
そして、ユートは目を閉じた。
明日への活力を蓄えるために。
来るべき試練に備えるために。
***
一方、フォンテーヌ家の屋敷。
リリアナは、自室のベッドに座っていた。
まだ眠れない。
ユートのことが、頭から離れなかった。
(ユート様...)
夕日の中で見せた、あの優しい笑顔。
強い決意を宿した、あの瞳。
(素敵だった...)
リリアナの胸が、高鳴る。
(私...本当に、ユート様のことが...)
その想いを、言葉にすることは恥ずかしい。
でも、心の中では確信していた。
(好き...だ)
頬が熱くなる。
十二歳の少女にとって、初めての恋心。
「ユート様...」
リリアナは、枕に顔を埋める。
(必ず、お側にいます)
(どんなことがあっても、見捨てたりしません)
それが、リリアナの誓いだった。
***
そして、ウォーカー家の屋敷。
ガルバートの書斎で、重要な会議が行われていた。
「父上、本当にあの出来損ないを追放するのですか?」
レオナルドが、確認するように尋ねる。
「ああ」
ガルバートは、冷たく答える。
「もうすぐユートの十二歳の誕生日だ。その日をもって、タルタロスへ流刑とする」
「タルタロス...あの大魔境ですか」
イザベラが、眉をひそめる。
「あそこは、高ランク魔物が跋扈する死の地。普通の人間なら、即座に死にます」
「それで良い」
ガルバートの声には、感情がなかった。
「あの呪われた子を、これ以上この家に置いておくわけにはいかん」
エリザベスは、何も言わなかった。
ただ、黙って俯いている。
(ユート...)
心の中で、息子の名を呼ぶ。
(ごめんなさい...母さん、弱くて...)
だが、それを口にする勇気はなかった。
「異議はないな?」
ガルバートが、家族を見渡す。
誰も反対しない。
「では、決定だ。ユートの十二歳の誕生日――その日に、追放する」
こうして、ユートの運命が決まった。
だが――
それは、彼らが想像するような絶望の物語ではなく。
創造神の孫が、真の力を取り戻す物語の始まりだった。
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最後まで読んでいただきありがとうございます。
『面白かった!続きが気になる!今後の展開が気になる!』と思いましたら
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面白かったら☆三つ、つまらないと思ったら☆ひとつでも大丈夫です!
何卒よろしくお願いします。
また、他の作品(・その者、神羅万象の主につき~取り扱いに注意せよ~ ・元天才プログラマー、モンスター育成士になる ・新米農家、配信者になる。~家の納屋にダンジョンが発生したので最近ちまたではやっているダンジョン配信者になろうと思う~)も是非読んでみてください。
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