第15話 レベルアップと、気まぐれな鼻歌

カラオケボックスを出て、夜道を歩いて帰宅するまでの間、俺の胸には心地よい高揚感が残っていた。  

実家の勝手口をくぐり、六畳一間の自室に入ると、俺は上着を脱ぎ捨ててPCの電源を入れた。


「さて、やるか」


いつもの時間にパソコンの前に座り、デスクトップにある『黒いアイコン』をダブルクリックした。


――パパパンッ!


その瞬間、あの安っぽいファンファーレ音がスピーカーから鳴り響き、画面上に派手な文字が踊った。


『LEVEL UP!! (Lv.2 -> Lv.3)』


「……うおっ」


久々の演出に、俺は少し身構えた。  

同時に、画面の端からデフォルメされたキャラクターがぴょこんと飛び出してくる。  白装束に赤い袴、狐の耳を生やしたシステムナビゲーター、『ヨーコ』だ。


『おめでとうございます、No.a様! 前回の配信にて、かつてないほどの莫大な感情エネルギーが観測されました! その結果、配信者レベルが3に上昇しました!』


「……莫大なエネルギーって」


俺は苦笑交じりに眉をひそめた。  

心当たりはある。先週の配信だ。  

俺が感極まって、鼻をすすりながら決意をした、あの回。  

あれが「素晴らしい反響」としてカウントされているのだとしたら、何とも皮肉な話だ。

同情されたのか、あるいは他人の不幸は蜜の味ということか。


「で、今回は何が解放されたんだ? また背景素材か?」


レベル2になった時は、背景画像の変更機能が解放されただけだった。  

今回も似たようなプチ機能だろうと高を括っていると、ヨーコはくるりと一回転して、巻物のようなウィンドウを広げた。


『今回は特別ボーナスです! 配信者ランクの上昇に伴い、以下の制限が解除されました!』

『【配信可能時間】15分 → 30分』


「……え?」


俺は思わず画面を二度見した。  

30分。倍増だ。


「マジか。いきなり太っ腹だな」


俺は椅子に背中を預けた。  

15分という時間は、DJ気取りで曲を流すにはあまりに短すぎた。  

1曲流して、適当に喋ったらもう終わり。消化不良感が常にあったのだ。  

だが、30分あれば話は別だ。

正直、ただ曲を流すだけだと時間が余ってしまうかもしれない。


「ヨーコ、サンキュ。タイミングが良いよ」


『お役に立てて光栄です! それでは、良き配信を!』


ヨーコがぺこりと頭を下げて画面端に引っ込むと、いつもの黒いインターフェースが表示された。  

右上の残り時間表示が『30:00』になっているのを確認し、俺は腕を組んで考え込む。


「30分か……どうやって埋めるかな」


曲数を増やすのもいいが、ただダラダラ流すのも芸がない。  

ふと、今日のカラオケでの出来事が頭をよぎった。  

友人たちが俺の歌を褒めてくれた時の、あのくすぐったいような、誇らしいような感覚。  

今の俺は、喉の調子もいいし、何より気分が良い。


「……ま、ちょっとくらいなら、いっか」


俺はふと思い立つ。  

曲紹介をするついでに、その曲の好きなフレーズやサビを、1、2小節くらい口ずさんでみるのも悪くないかもしれない。  

本格的に歌うわけじゃない。

あくまで曲紹介の演出として、鼻歌まじりに添える程度だ。    

どうせ過疎配信だ。  

それに、30分という長丁場を飽きさせないための、ちょっとした工夫のつもりでもあった。


「よし」


マイクの位置を調整し、ヘッドセットを装着する。  

深呼吸を一つ。


俺は『ON AIR』ボタンをクリックした。  

インジケーターが赤から緑へ変わる。  

拡張された配信が、幕を開けた。

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