第2話 俺が街に出たら、法律が三つ増えたωω

 朝になっても、俺はトイレに行けていない。


 これはもう呪いだと思う。


「外出許可だ」


 リーナ(例の女騎士)が鍵を鳴らした。


「借金持ち勇者は、城の外で労働だ」


「命より先に労働が来る異世界、初めて見た」


「安心しろ。死んだら借金は帳消しだ」


「優しさの方向おかしくない?」


 城門前。街が見えた。


 石畳。露店。人。平和。


「いいか」


 リーナが俺の肩を掴む。


「今日は何もするな」


「それが一番難しい命令じゃない?」


「歩くだけでいい」


「呼吸は?」


「許可する」


 街に入った瞬間、視線が集まった。


 ひそひそ声。


「……あれが?」


「城壊したって」


「英雄?」


「変態?」


「未遂だって!」


 俺は何もしていない。


 まだ。


 最初の仕事は市場の荷運びだった。


「この箱を、あそこまで」


 商人のおっさんが指をさす。


「了解」


 俺は箱を持ち上げた。


 ――底が抜けた。


 野菜が散乱。


「……あ」


「お前ぇ!!」


「違う! 俺は普通に持っただけ!」


「この箱、百年物だぞ!」


「百年も使うなよ!」


 騒ぎ。


 人だかり。


 リーナが頭を抱えた。


「……まだ偶然だ。これは偶然」


 次。


 露店で水を買った。


 コップを受け取る。


 ――噴水のように吹き出す。


「うわっ!」


「きゃあ!」


「水魔法、暴走!?」


「俺、飲もうとしただけ!」


 噴水化した水が、隣の屋台を直撃。


 火を使ってた屋台が消火される。


「助かった!」


「火事防止だ!」


「英雄!」


 なんで評価が割れるんだよ。


 次。


 パン屋。


 列に並ぶ。


 順番。


 パンを取る。


 ――床が抜けた。


「おおおおお!?」


 地下倉庫に落下。


 酒樽が割れる。


 ドン。


 爆音。


「酒税法違反だ!」


「俺のせい!?」


 騒ぎは拡大した。


 衛兵が来た。


 裁判官が来た。


 なぜか国王代理も来た。


「……本日の新条例を読み上げる」


 書記官が咳払い。


「第一条。勇者は露店に近づいてはならない」


「俺一人のための法律!?」


「第二条。勇者は水を飲む際、監視を要する」


「重罪犯扱いじゃん!」


「第三条。勇者が歩く際、周囲半径五メートルを空けること」


「もはや災害指定区域!」


 俺は叫んだ。


「俺は何もしてない!!」


 沈黙。


 全員が俺を見る。


 リーナが静かに言った。


「……してる」


「どこが!」


「存在」


 そのとき、空が暗くなった。


 影。


 落下物。


「まさか……」


 上から、鐘が落ちてきた。


 教会の鐘だ。


「逃げろおおお!!」


 俺は走った。


 逃げた。


 誰もいない路地に。


 鐘は――俺の後ろに落ちた。


 奇跡的に、誰も怪我しなかった。


 静寂。


 誰かが呟いた。


「……被害ゼロ?」


「勇者が人のいない場所に誘導した?」


「結果的に、事故を防いだ?」


 ざわめき。


 評価反転。


「英雄!」


「やっぱり英雄!」


「でも怖い!」


「正直、近づきたくない!」


 俺はその場に座り込んだ。


「なあ……」


 腹を押さえる。


「俺、トイレに……」


「黙れ」


 リーナが引きずる。


 そのとき、背後から声。


「やっぱり、外でもやるのね」


 白い髪の少女。


 地下で会った“厄災担当”。


「あなたが街に出たから、封印が全部悲鳴あげてる」


「街歩いただけだぞ!?」


「十分」


 少女は空を見る。


「でも……」


 一瞬だけ、笑った。


「誰も死んでない」


「……?」


「あなた、無意識で“最悪”を避けてる」


 俺は言葉を失った。


 少女は続ける。


「だから厄災があなたに寄ってくる」


「理由として最悪じゃない?」


「でも正当」


 リーナが睨む。


「つまり?」


「彼は災いの中心。でも――」


 少女は俺を見る。


「最後に被害を一番小さくする犯人」


 鐘の破片が転がる。


 誰も怪我していない。


 街は壊れてる。


 でも、守られている。


 国王代理がため息をついた。


「……借金、増額だな」


「増えるの!?」


「鐘と教会の修繕費」


「おい!」


「だが」


 少しだけ、笑った。


「今日の被害者数はゼロだ」


 俺は天を仰いだ。


 異世界二日目。


 俺は街を壊した。


 でも、誰も殺していない。


 そして――

 トイレには、

 まだ行けていない。

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