第4話『渦潮の谷』

第4話『渦潮の谷』


出航して八日が経った。


海は、少しずつ変わってきた。


波が荒く、風が冷たい。


「……北の海に、入ったんだな」


マルコが呟いた。


「ああ。気温も下がってきた」


サラがコートを羽織った。


「皆さん、暖かくしてください。これから、もっと寒くなります」


「了解」


トムが毛布を配った。


リラは、私の隣で震えていた。


「リラ、大丈夫?」


「はい、大丈夫です」


「寒かったら、船室に入ってていいよ」


「いえ、リディアさんと一緒にいたいです」


「……ありがとう」


私はリラに毛布をかけた。


「でも、無理しないでね」


「はい」


ケイトが温かいスープを持ってきた。


「皆さん、スープです。飲んでください」


「ありがとうございます、ケイトさん」


「いえいえ。体を暖めないとね」


ケイトは、本当に母親のようだ。


優しくて、みんなの世話を焼いてくれる。


「ケイトさん、料理上手ですね」


「ありがとう。娘のために、よく作ってたから」


「娘さん、きっと元気にしてますよ」


「……ええ。そう信じてます」


私はスープを飲んだ。


暖かい。


体が温まる。


「……美味しい」


「よかった」


その時、マルコが叫んだ。


「おい!前を見ろ!」


私は前を見た。


海が、渦を巻いている。


巨大な渦。


渦潮だ。


「……渦潮!」


「くそっ!避けられるか!」


マルコが舵を切った。


でも、渦潮は大きすぎる。


「無理だ!巻き込まれる!」


「どうする!」


「……分からん!」


船が、渦潮に近づく。


「みんな、つかまって!」


私は叫んだ。


みんな、手すりにつかまった。


船が、渦潮に巻き込まれた。


「うわああ!」


トムが叫んだ。


船が、激しく揺れる。


「きゃあ!」


リラが転びそうになった。


私はリラを抱きしめた。


「大丈夫!」


「リディアさん!」


船が、どんどん渦に引き込まれる。


このままじゃ、沈む。


「……どうすれば」


私は羅針盤を見た。


羅針盤が、光っている。


「……海の力」


私は羅針盤を握りしめた。


力が、私の中に流れ込んでくる。


「……海よ、私の声を聴いて」


私は手を伸ばした。


海の声が聴こえる。


渦の声。


怒り狂っている。


「……お願い、止まって」


その瞬間、海が動いた。


渦潮が、止まった。


「……え?」


マルコが驚いた。


「渦が、止まった?」


私は手を動かした。


渦潮が、逆回転し始めた。


そして、船を押し出した。


「うわっ!」


船が、渦潮から飛び出した。


「……やった」


私はへたり込んだ。


「リディア!」


マルコが駆け寄ってきた。


「大丈夫か!」


「うん、大丈夫……」


私は自分の手を見た。


右手が熱い。


痛いくらいに熱い。


「……痛い」


右手を見る。


赤くなっている。


でも、印はない。


何も浮かんでいない。


「……なんだろう、これ」


サラが近づいてきた。


「リディアさん、力を使いすぎです」


「使いすぎ?」


「ええ。海の民の力も、使いすぎれば体に負担がかかります。あなたの体は、まだ力に慣れていません」


「……そっか」


私は右手を握りしめた。


熱が、少しずつ引いていく。


「……でも、これくらいで済んでよかった」


「ええ。でも、次はもっと気をつけてください」


「分かった」


マルコが言った。


「リディア、お前、すごいな。あんな大きな渦潮を止めるなんて」


「でも、力を使いすぎちゃった」


「それでも、お前のおかげで助かった。ありがとな」


「……うん」


トムも近づいてきた。


「リディア、お前、マジですげえよ!海を操るなんて!」


「でも、まだよく分からないんだ。この力」


「これから学べばいいさ!俺たちも手伝うぞ!」


「ありがとう、トム」


リラが心配そうに私を見た。


「リディアさん、大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫。リラは?」


「はい、大丈夫です。リディアさんが守ってくれましたから」


「よかった」


ケイトがお茶を持ってきた。


「リディア、これ飲んで。体を休めなさい」


「ありがとうございます、ケイトさん」


私はお茶を飲んだ。


暖かい。


体が落ち着く。


「……美味しい」


「よかった」


ベンが近づいてきた。


「……お前、強いな」


「そうかな」


「ああ。あんな渦潮を止めるなんて、普通じゃできない」


「でも、力を使いすぎちゃった」


「……それでも、お前のおかげで俺たちは生きてる」


ベンは私を見た。


「……ありがとう」


「お礼なんていいよ。仲間だから」


「……そうだな」


ベンは少し笑った。


夜、私は船室で休んでいた。


右手を見る。


熱は引いた。


赤みも消えた。


でも、まだ少し痛い。


「……力を使いすぎたんだ」


サラの言う通り、私の体はまだ力に慣れていない。


「……でも、心臓を手に入れたら、もっと強い力を使うことになる」


心臓の力。


母さんが手に入れた力。


嵐を起こし、波を操る。


でも、代償がある。


印が出る。


人間性を失う。


「……怖い」


でも、引き返せない。


「……大丈夫。一人じゃないから」


私は立ち上がった。


甲板に出た。


星が綺麗だった。


北極星が、輝いている。


「……母さん、私、頑張ってるよ」


風が吹いた。


冷たい風。


でも、優しい風。


「……ありがとう」


リラが近づいてきた。


「リディアさん、眠れないんですか?」


「リラ。うん、ちょっと考え事してた」


「私も、眠れなくて」


「そっか」


リラは私の隣に座った。


「……リディアさん、手、大丈夫ですか?」


「うん。もう大丈夫」


「……よかった」


リラは安堵した。


「私、リディアさんが倒れたら、どうしようって思って」


「大丈夫。そんなに簡単に倒れないよ」


「……でも、心配です」


「ありがとう、リラ」


私はリラの頭を撫でた。


「でも、無理はしないから。約束する」


「……本当ですか?」


「うん。本当」


「……よかった」


リラは笑った。


「……リラ、海の声、今も聴こえる?」


「はい。波が、歌ってます」


「どんな歌?」


「……北の海の歌です。冷たくて、でも、強い歌」


「冷たくて、強い……」


「はい。北の海は、厳しいけど、美しいって」


「……そうなんだ」


「リディアさんにも、聴こえますか?」


私は目を閉じた。


海の声を聴く。


波の音。


風の音。


そして、歌。


冷たい歌。


でも、強い歌。


「……聴こえる」


「本当ですか?」


「うん。北の海の歌」


「はい」


二人で、海を見た。


暗い海。


でも、星の光が反射して、綺麗だ。


「……もうすぐ、死海だ」


「死海……」


「うん。音が消える海。沈黙の海」


「……怖くないですか?」


「怖い。でも、行くんだ」


「……私も、一緒に行きます」


「リラ?」


「リディアさんを、守りますから」


「……ありがとう、リラ」


私はリラを抱きしめた。


「でも、無理しないでね」


「はい」


二人で、船室に戻った。


明日も、航海が続く。


死海へ。


心臓へ。


でも、怖くない。


仲間がいるから。


「……大丈夫。みんなと一緒なら」


私は眠りについた。


右手が、微かに熱を持っている。


でも、気にしない。


これくらい、大丈夫。


「……明日も、頑張ろう」

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