第2話 黒林の休日。2

 その日は、朝からおかしかった。


「……誰も怒られてない」


 雪花は会議室で腕を組んだ。


 時計を見る。まだ午前十時。


 黒林で、誰も怒られていない午前十時は、異常事態だ。


「周」


「はい」


「陳は?」


「今、厨房です」


「……厨房?」


「餃子を包んでいます」


「なんで」


「数を競っています」


「誰と」


「全員です」


 嫌な予感しかしない。



 厨房は、戦場だった。


「はい三十六個目!」


「遅い!」


「形が雑!」


「それ褒めてない!」


 構成員五人が、

 真剣な顔で餃子を包んでいる。


 陳は前掛け姿。

 なぜか妙に似合っている。


「ボス!」


 気づいて振り返る。


「見てください、この完璧なヒダ!」


「見なくていい」


 周は、黙々と数を数えている。


「現在、周が一位です」


「本気出さないで」


 白蘭は端で、餃子の中身を顕微鏡みたいな目で見ていた。


「……これ、にんにく多い」


「気のせいです」


「いや、多い」


 闇医者の診断は正確だ。



「何してるの」


 雪花が聞く。


「餃子抗争はもう始まってます」


 止める気がない。


「勝者は?」


「ボスです」


「やってない」


「精神的勝利です」


「意味分からない」



 結局、雪花も巻き込まれた。


 前掛けを付けられる。


「……私も?」



 でも、餃子の皮は渡される。


 雪花は、不器用に包む。


「……破れた」


 全員、見る。


 沈黙。


 次の瞬間。


「可愛い!」


「今の保存!」


「写真!」


「消して!」


 雪花の耳が赤くなる。


「仕事中は見せない顔ですね」


 白蘭が笑う。


「見なくていい!」



 餃子は、最終的に山になった。


「誰が食べるの」


 雪花が聞く。


「負けた人です」


「全員じゃない」


「全員です」


 誰も勝っていない。



 食後。


 全員、ソファでぐったり。


「……平和」


 誰かが言った。


 雪花は、湯飲みを持ったまま、

 小さく笑う。


「たまには、こういう日もいいでしょ」


 周が、目を見開く。


「……今、許可出ました?」


「出た」


 陳が、ガッツポーズ。


「調子に乗らない」


 白蘭が、静かに言う。


「次は何する?」


「……何もしない」


 雪花は、きっぱり言った。


「今日は、それが仕事」


 黒林は、本日も異常なほど平和だった。

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黒林の休日。 野兎 @no_gi_5421245

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