黒林の休日。
野兎
第1話 黒林の休日
抗争も、拷問もない一日。
それだけで、黒林では少しした事件だった。
「今日は休み」
そう言った雪花は、
少し大きめの黒いチャイナ風ブラウスを着ていた。
袖が長く、手首が隠れる。
淡い色のパンツは動きやすさ重視で、
全体的に“守られている服”だ。
長い黒髪は、今日は高めの位置で一つ結び。
揺れるたびに、幼さが目立つ。
周 景明は三秒黙り、
陳 烈は聞き返し、
白蘭は体温計を取り出しかけた。
「……本当に?」
「本当」
雪花は、少しだけ顎を引いて答える。
視線は真っ直ぐだが、
どこか無理をしている感じが残る。
「熱は?」
「ない」
「頭は?」
「……失礼」
むっとした声が、年相応だった。
「今日は、仕事をしない。以上」
言い切るものの、
語尾が少しだけ柔らかい。
⸻
集合場所は、中華街の外れにある茶館。
雪花は、椅子に浅く腰掛ける。
背筋は伸ばしているけれど、
膝の位置が落ち着かない。
最初に座った陳が、ちらっと見る。
「私服、珍しいですね」
「休みだから」
「……高校生みたい」
「言わないで」
即座に返す。
周は、無意識に雪花のコートを椅子に掛けてやる。世話が焼ける動き。
「冷えるといけません」
「そこまで寒くない」
でも、否定しない。
白蘭が来る。
白衣じゃない白蘭を見ると、
雪花の表情が、少しだけ明るくなる。
「診察?」
「今日は、しない」
「……よかった」
本音が漏れる。
⸻
点心が運ばれてくる。
小籠包を前に、雪花は箸を持ったまま、少し悩む。
「熱い?」
「多分」
「……半分にしようかな」
そう言って、慎重に割る。
湯気が上がる。
「……あつ」
小さく声が出た。
陳が、笑う。
「ボス、子どもみたい」
「静かに」
頬が、ほんのり赤い。
「……生きてる感じがする」
言葉も、少し拙い。
三人が一瞬だけ黙る。
周が、柔らかく言う。
「それでいいと思います」
白蘭が、雪花の横顔を見る。
まだ、守られる側の顔。
「血の匂いがしない時間、
あなたには必要よ」
雪花は、こくんと頷く。
⸻
茶館を出ると、
林檎飴を売る声が聞こえた。
雪花は、立ち止まる。
「……食べたい」
小さな声。
陳が目を見開く。
「甘党?」
「普通」
受け取った林檎飴を、
両手で持つ。
かじる前に、一瞬だけ迷ってから、
小さく齧った。
「……甘い」
その一言が、
今日一番、年相応だった。
黒林は、今日も続いている。
でもこの時間だけは、
少女が、少女のままでいられる。
ほんの少しだけ。
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