カンカンばあちゃんとわたし

紫陽_凛

カンカンばあちゃん

 カンカンばあちゃんの話をしようと思う。


 私が物心ついたときにはひいおじいちゃんはもう亡く、ひいおばあちゃんの家には仏壇と遺影と、それからというやつが置いてあった。

 仏壇りんというのは、仏壇に置いてある鳴らすやつのことだ。鳴らしてから拝む。私たち家族がひいおばあちゃんの家を訪れるときには、必ずひいおじいちゃんに挨拶をすることになっていて、これを「カンカン」とならして拝むのだ。

 だから、カンカンばあちゃん。

 今思えばいったいどういう呼び名だと思わなくもないけれど、おさない子供にひいおばあちゃんという言葉を覚えさせるよりも、「カンカン」のほうが簡単だ。「カンカン」の動きと音と習慣を、私の頭の中でひいおばあちゃんに紐付けるという意味では、かなり的を射た命名ではあった。

 仏壇りんは鳴らすと滋味のある音を出すので、私は好きだった。「カンカンばあちゃんに行くよ」と言われたら自然と姿勢がすっと伸び、あの仏壇の前のふっくりとした金刺繍のざぶとんに座るこころもちになったものだ。

 叩きすぎてはいけないし、静かすぎてもいけない。きっちり二回鳴らして、それからナムナムと拝む。そのナムナムのいみも分かっていない子供の頃だった。


 カンカンばあちゃんは覚えている限りしゃんとしたひとだった。小さくて細くて、いつも藤色とか小豆色とか、落ち着いた色の服を着ていて、その上に割烹着を身につけ、それでいてしわだらけの手をしていた。爪がしろく割れていた。いつも、線香の匂いがした。

 カンカンばあちゃんとはいつも手を繋いでいた。幼稚園バスの送迎はカンカンばあちゃんの役回りだった。動物の描かれたこども用のちいさなバスが、カンカンばあちゃんちの前に停まることになっていた。

 おさない私は母からカンカンばあちゃんに託され、カンカンばあちゃんと手を繋いでバスを待っていた。そして幼稚園から帰るバスが、カンカンばあちゃんの家の前に停まると、必ずカンカンばあちゃんがお迎えに出てきていた。

 雨の日も風の日もバスは来たし、雨の日も風の日も、カンカンばあちゃんは待っていた。幼稚園から帰ってきた私を迎える細い影のことをよく覚えている。私の手をひく、しわだらけの大きな手。

 

 私が幼稚園をでて小学生になっても、弟妹がいたので、カンカンばあちゃんのお迎えは続いていた。けれど、「お見送り」自体は続いた。小学校への通学路はカンカンばあちゃんの家の前を通ることになっていたので、カンカンばあちゃんは私や弟が来る頃を見計らって、玄関先に立ち、がらすの戸の透明な部分からそっとこちらを覗いていた。


 最初の頃は全く気づいていなくて、気にもしていなかったのだけれど、思春期を迎える四年生の頃になって、私は唐突にその視線がいやになってしまった。


 いやになってしまったのだ。


 なぜいやになったのかは知らない。当時の私が何を思ったのかは当時の私に聞かないとわからない。私はあんなに大好きだったカンカンばあちゃんの視線を疎んじてしまった。それだけが事実である。

 私はカンカンばあちゃんの視線から逃げるように、カンカンばあちゃんちの前を走り抜けるようになった。背中でランドセルががたがたいった。

 カンカンばあちゃんは、次第に玄関先に立たなくなった。


 小学六年生になった頃、妹が幼稚園を卒園した途端に、カンカンばあちゃんはあっけなく衰えた。気づけば走り抜けなくてもよくなった通学路を歩いていて、ふとカンカンばあちゃんちを見やると、誰もいない家が静かに横たわっていた。最初に背中を向けたのは私なのに、寂しかった。

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