第7話|甘い束縛
窓の外には、計算し尽くされた美しさを誇る離宮の庭園が広がっている。色とりどりの花々が咲き乱れ、空気には常に甘い花の香りが漂っている。けれど、その庭を取り囲む高い白壁と、門の前に直立不動で控える重武装の衛兵たちが、ここがただの住まいではないことを告げていた。
「リナ、また外を見ているのか」
背後から伸びてきた逞しい腕が、リナの細い腰を鎖のように絡め取った。 アルフレートだ。彼はリナの首筋に顔を埋め、深く、深く、彼女の香りを吸い込む。薬草の香りはもうほとんどしない。代わりに、彼が買い与えた最高級の香油の匂いが、リナの肌に染み付いている。
「……殿下。もう三日も、この離宮から一歩も出ていません」
リナが小さく溜息をつくと、アルフレートの腕にさらに力がこもった。
「外には悪意が満ちている。お前を汚そうとする言葉、お前を奪おうとする影……。それらすべてから、この私が守ってやると言っているんだ。不満か?」
「不満ではありません。でも、私は自分の足で歩き、土に触れ、誰かのために薬を調合していた時の自分が……少しだけ、恋しいのです」
アルフレートはリナをくるりと自分の方へ向かせた。 彼の青い瞳は、出会った頃よりもずっと深く、暗い熱を帯びている。彼はリナの両手を掬い上げ、その掌を丹念に口づけでなぞった。
「お前のその柔らかな手は、もう泥で汚れる必要はない。お前が癒やすべき人間は、世界にただ一人――私だけでいいのだ」
「それは……あまりに我儘です」
「ああ、我儘だ。お前に関しては、私は理性など持ち合わせていない」
アルフレートはリナを抱き上げ、羽毛のように柔らかい長椅子へと横たえた。彼はその上に覆い被さり、リナの視界のすべてを自分の存在だけで埋め尽くす。
「リナ、お前は私の『唯一』だ。お前がいない世界は、私にとって灰色の地獄でしかない。……この離宮が檻に見えるなら、それでも構わない。お前を誰の目にも触れさせず、私だけの熱で溶かしてしまいたいんだ」
彼の吐息が唇にかかる。 リナは、自分の中に生じている奇妙な矛盾に気づいていた。 自由を奪われ、彼の所有物として扱われることへの恐怖。それと同時に、これほどまでに執着され、全霊をかけて求められることへの、痺れるような悦び。
「殿下……。あなたは私を愛しているのですか? それとも、ただの珍しい玩具として閉じ込めておきたいだけなのですか?」
リナの問いに、アルフレートの動きが止まった。 彼は一瞬、傷ついた子供のような顔をして、リナの胸元に額を押し当てた。ドクン、ドクンと、彼の激しい鼓動がリナの肌に直接伝わってくる。
「玩具……? 冗談ではない。玩具なら、壊れても代わりがある。だが、お前は違う。お前がいなくなれば、私の心臓は止まる。……リナ、私を怖がらないでくれ。私は、ただ怖いのだ。お前が、この身分も名誉も何もない私自身を嫌いになって、どこかへ消えてしまうのが……」
その声は、震えていた。 一国の王子として、常に完璧であることを求められてきた男。冷徹な仮面を被り、誰にも本心を明かさなかった彼が、今、リナの前でだけ、その脆い中身を晒している。
「アルフレート……」
リナは、彼の背中にそっと手を回した。 軍服の硬い質感の下にある、凍えるような孤独。 この金色の檻は、リナを閉じ込めるためのものではなく、彼自身の「不安」を閉じ込めるための防壁だったのだ。
「私はどこへも行きません。あの森であなたを助けた時から、私の心は、もうあなたに拾われてしまったのですから」
リナが優しく囁くと、アルフレートは顔を上げ、救いを求めるような瞳で彼女を見つめた。
「……本当か? 私がどれほど強引でも、お前を縛り付けても……私を愛していると言ってくれるのか?」
「はい。あなたのその重すぎる愛ごと、私は受け入れると決めました」
その瞬間、アルフレートの瞳に歓喜の光が宿った。 彼はリナの唇を、今度はこれまでの強引さが嘘のように、壊れ物を扱うような繊細さで食んだ。
「リナ……ああ、私の愛しいリナ。お前の言葉だけで、私は世界を許せる気がする」
彼はリナの指を絡め、指を一本ずつ愛しむように接吻を繰り返す。 その行為は、支配というよりも、もはや崇拝に近かった。
「だが、外へ出すことはやはり許さん。……代わりと言っては何だが、この庭の一部をお前のための薬草園にしよう。世界中の珍しい種を集めさせてやる。お前はここで、私の愛だけを肥料に、美しく咲いていればいい」
結局、束縛が解けることはなかった。 けれど、リナはもう、それを不幸だとは思わなかった。 彼が自分のために用意したこの「檻」は、彼自身が共に閉じ込められるための二人だけの楽園なのだと、リナは彼の甘い口づけを受け入れながら確信した。
窓の外では、夕闇が静かに離宮を包み込んでいく。 完全に閉ざされた空間の中で、二人の呼吸だけが重なり、濃密な愛の時間が溶けていった。
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