第2話:鑑定士の驚愕と黄金の残滓
聖域の爆発から数時間後。
コロン村は、お祭り騒ぎと厳戒態勢が入り混じった奇妙な空気に包まれていた。
村の集会所には、村の有力者たちが集まり、中央のテーブルに置かれた「それ」を囲んでいた。
デルが生み出した黄金の結晶体である。
それはランタンの明かりを必要としないほど自ら発光し、部屋全体を神々しい黄金色に染め上げていた。
その光は暖かく、見ているだけで心が洗われるようだ。
「こいつは……とんでもねぇ代物だ」
村一番の力持ちである鍛冶屋のガンテツが、腕組みをして唸る。彼の太い腕には、長年の鍛冶仕事で培われた筋肉が盛り上がっている。
「俺のミスリルハンマーで叩いても傷一つ付かねぇ。アダマンタイトより硬ぇぞ。武器に加工すれば、ドラゴンの鱗も紙切れみてぇに斬れるだろうな」
「いや、武器にするのはもったいない」
村の老魔女、ババ・ヨーガが震える手で水晶玉をかざす。彼女の顔は皺だらけだが、その瞳は少女のように輝いていた。
「この魔力濃度……測定不能じゃ。わしの水晶玉がヒビ割れちまった。王都の宮廷魔導師団が使う『賢者の石』に匹敵するかもしれん。これを煎じて飲めば、不老不死になれるかもしれんぞ」
「ばあさん、それはやめとけ。元が何だか忘れたのか」
ガンテツが呆れたように突っ込む。
デルは部屋の隅で、小さくなっていた。
母のマリアが隣で心配そうに背中をさすっている。
「ごめんなさい……トイレ、壊しちゃって……。弁償します……」
「いいのよ、デル。あなたが無事なら、トイレなんてまた建てればいいわ。……でも、あんな立派なトイレ、もう二度と作れないかもしれないけれど」
母の慰めが逆に心に刺さる。
そこへ、集会所の扉が勢いよく開かれた。
「お待たせしました! 王都より急行してまいりました、王立鑑定士のハンス・フォン・ベンザ様です!」
村長の案内で入ってきたのは、奇抜な格好をした老人だった。
純白のタキシードに、蝶ネクタイ。頭にはシルクハット。そして片目には、複雑な機構を持つ
その鼻は異常に高く、常にヒクヒクと動いていた。彼は部屋に入った瞬間、大きく鼻を鳴らした。
「ふむ……ふむふむ……」
ハンス爺さんは、挨拶もそこそこにテーブルの上の結晶体に近づいた。
そして、あろうことか、その結晶体に顔を近づけ、深く息を吸い込んだ。
「スーッ……ハァーッ……! 素晴らしい! なんという芳醇な香り!」
「ひっ!」
デルは思わず悲鳴を上げた。自分の出したものを、他人があんなに情熱的に嗅いでいる光景は、羞恥プレイ以外の何物でもない。顔から火が出そうだ。
「トーストのような香ばしさの中に、微かに香るゴボウの大地のアロマ。そして、この突き抜けるような爽快感! これは……『
ハンスはルーペを調整し、結晶の表面を舐めるように観察する。さらに、懐から小さなハンマーを取り出し、軽く叩いて音を確認した。
『キィィィン……』
澄んだ高い音が、いつまでも部屋に響き渡る。
「フォルム、透明度、魔力密度、すべてがパーフェクト。これはただのベインではない。伝説の『
「メテオベイン!?」
村人たちがざわめく。
それはおとぎ話に出てくる、国を一つ買えるほどの価値を持つ幻の物質だ。
ハンスはデルの方に向き直った。その目は狂気じみた興奮で血走っていた。
「少年! これを出したのはお主か?」
「は、はい……」
「名前は?」
「デル……デル・ダスンです」
「デル君! お主のケツは国宝級じゃ! いや、世界遺産に登録すべきじゃ!」
ハンスはデルの手を取り、ブンブンと振り回した。
「いいか、よく聞け。現在、我が王国は魔導帝国との戦争で慢性的なエネルギー不足に陥っておる。前線の魔導砲は弾切れ寸前、王都の結界も出力低下が著しい。原因は、良質な
ハンスの表情が真剣なものに変わる。
「現代人はストレスと偏食で、出すベインが小粒で脆くなっている。
『
彼はテーブルの上の黄金の結晶を指差した。
「だが、これは違う。この一粒で、王都の全電力を一週間賄える。あるいは、魔導カノン砲で帝国の城門を吹き飛ばすことも可能じゃ」
「そ、そんなに……?」
「ああ。お主には才能がある。破壊的なまでの排泄の才能がな」
ハンスは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
金色の箔押しがされた、豪華な封筒だ。
「王立ジェネレーター養成学校への推薦状じゃ。私が校長に直談判してやる。特待生として迎え入れられるだろう」
「学校……?」
デルは戸惑った。村を出るなんて考えたこともなかった。
「でも、俺はただの農家の息子で……学費だって……」
「学費は免除! 生活費も支給! さらに、卒業後は国家公務員としての地位と、専用の『ロイヤル・トイレ』の使用権が約束される!」
ハンスの言葉に、村人たちが「おおーっ!」と歓声を上げる。
村長がデルの背中を叩いた。
「行け、デル! お前は村の誇りだ!」
「そうだそうだ! 王都で一旗揚げてこい!」
しかし、デルはすぐに返事ができなかった。
視線の端で、リナが俯いているのが見えたからだ。彼女は何も言わず、そっと集会所を出て行ってしまった。
その夜。
デルは一人、村外れの丘の上にいた。
そこは、子供の頃によくリナと遊んだ場所だった。
満天の星空の下、虫の声だけが響いている。
「やっぱり、ここにいた」
背後から声がした。リナだった。
彼女はデルの隣に座り、膝を抱えた。
「……行くんでしょ? 王都」
「……うん。たぶん」
デルは星を見上げたまま答えた。
「ハンスさんの話、聞いたろ? 俺の力が、世界のために役立つかもしれないんだ。ただの便秘だと思ってたものが、誰かを救えるかもしれない」
「わかってるよ」
リナの声は少し震えていた。
「デルはずっと、自分の居場所を探してたもんね。畑仕事も下手だし、剣も魔法も使えないけど……まさか、お尻に才能があるなんてね」
彼女は無理に笑おうとしたが、その笑顔は泣き出しそうに歪んでいた。
「寂しくなるな……」
「リナ……」
デルは言葉に詰まった。
幼い頃からずっと一緒だった。喧嘩もしたし、一緒に悪戯もした。彼女が隣にいるのが当たり前だった。
「俺だって、寂しいよ。でも……行かなきゃいけない気がするんだ。あの爆発の瞬間、俺の中で何かが変わったんだ。もう、溜め込むのは嫌なんだ」
リナはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げ、デルの目を真っ直ぐに見つめた。
「わかった。行ってきなよ、デル」
彼女はデルの手を握った。その手は温かかった。
「でも、約束して。絶対に生きて帰ってくるって。どんなに偉くなっても、どんなに凄いウン……ベインを出せるようになっても、デルはデルのままでいて」
「ああ、約束する」
デルは強く頷いた。
「必ず帰ってくる。立派なジェネレーターになって」
二人は星空の下、指切りをした。
それは、幼い日の約束と同じ、無邪気で、けれど何よりも重い誓いだった。
しかし、デルは迷っていた。
母さんを一人残していくことになる。それに、自分のこの力が、本当に世界を救えるのか? ただトイレを壊すだけの力じゃないのか?
その時、マリアがデルの肩に手を置いた。
「お行き、デル」
「母さん……」
「あなたは、この村で終わる器じゃないわ。あんな大きな音、村のトイレじゃ受け止めきれないもの」
マリアは冗談めかして笑ったが、その目には涙が光っていた。
「父さんも言っていたわ。『男なら、デカいものを残せ』って。あなたの輝きを、世界に見せてあげなさい」
母の言葉が、デルの背中を押した。
彼は拳を握りしめ、ハンスに向き直った。
「わかりました。俺、行きます。王都へ行って、自分の力を試してみたいです」
「うむ! 良い返事じゃ!」
ハンスは満足げに頷いた。
「出発は明日じゃ。準備をしておけ。……ああ、それと」
ハンスはニヤリと笑った。
「今夜の夕食は控えめにな。道中で暴発されたら、馬車が木っ端微塵になるからな」
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