第1話:覚醒の産声(後編)〜黄金の爆心地〜
『生存のための唯一の解は、制御された放出のみ。カウントダウンを開始します。括約筋のロックを解除。魔力弁、全開』
「ちょ、待て! 心の準備が! まだズボンもちゃんと下ろしてない!」
『3』
デルの腹の中で、太陽が生まれたような熱量が発生した。
全身の血管が脈打ち、金色のオーラが毛穴から噴き出す。
それは痛みを超えた、ある種の快楽に近い感覚だった。全細胞が「出せ」と叫んでいる。
視界が白く染まる。走馬灯のように、過去の便秘の記憶が駆け巡る。三日出なかった時の苦しみ、一週間出なかった時の絶望、そして今、全てが報われようとしている。
『2』
「うおおおおお! 母さん! リナ! ごめん! トイレ壊すかも! いや、村ごと吹き飛ばすかも!」
『1』
「出るぅぅぅぅぅ!!」
『放出(リリース)』
次の瞬間、デルの尻から放たれたのは、排泄物という概念を超越した何かだった。
黄金色に輝く純粋な魔力の奔流。
それは物理法則を無視した推進力を生み出し、デルの体をロケットのように押し上げようとしたが、彼は必死に便器にしがみついた。指が木製の便座に食い込む。
『
轟音。
それは雷鳴よりも鋭く、火山の噴火よりも重かった。
聖域の個室の壁が、紙細工のように吹き飛んだ。
屋根が空高く舞い上がり、回転しながら彼方へと消えていく。
衝撃波が村中を駆け巡り、民家の窓ガラスがビリビリと震え、鶏たちが驚いて一斉に空を飛んだ(数秒間だけ)。近くの小川の水が逆流し、森の鳥たちが一斉に飛び立つ。
村の中央広場にいた村長は、聖域の方角から立ち上る金色のキノコ雲を目撃し、腰を抜かした。
「な、なんじゃあれは……! 帝国軍の襲撃か!? それとも伝説の古龍のブレスか!?」
畑仕事をしていたリナも、その音と光に驚いて鍬を取り落とした。
地面が揺れ、彼女は尻餅をついた。
「あの方向は……聖域!? まさか、デル!?」
彼女の脳裏に、苦しそうに腹を抱えていたデルの姿がよぎる。
「デル! 無事でいて!」
彼女は顔色を変えて走り出した。泥だらけのブーツで、畑を突っ切り、村の道を疾走する。
村人たちが鍬や鍋の蓋を持って、慌てて現場に駆けつける。
「火事か!?」
「いや、爆発だ!」
「聖域の方だぞ!」
土煙が晴れた後、そこには信じられない光景が広がっていた。
半壊した個室。いや、もはや柱数本しか残っていない廃墟。
黒く焦げた地面からは、まだ湯気が立ち上っている。
その中心に、ズボンを下ろしたまま、
そして、彼の足元には、地面に穿たれた直径2メートルの巨大なクレーター。
便器は跡形もなく消滅していた。
「デ、デル……?」
最初に声をかけたのは、息を切らして駆けつけたリナだった。
彼女はデルの姿を見て、安堵と驚愕が入り混じった表情を浮かべた。
恐る恐る近づき、彼の体に触れる。
「あなた、生きてるの……? 怪我は? 血は出てない?」
リナの手が、デルの煤けた頬を撫でる。その手は震えていた。
デルはゆっくりと顔を上げた。その目は虚ろだったが、どこか憑き物が落ちたような清々しさがあった。瞳の奥には、悟りを開いた賢者のような静寂が宿っている。
「……出た」
「え?」
「全部……出たよ、リナ。この一週間の苦しみも、十年の重圧も……全部」
クレーターの底には、汚物など一切なかった。
そこにあったのは、眩いばかりの黄金の光を放つ、拳大の結晶体。
それは夕日を浴びて、虹色の輝きを放っている。
そして、あたり一面に漂うのは、悪臭ではなく、焼きたてのパンのような、あるいは高級な香水のような、香ばしい魔力の残滓(残り香)だけだった。
その香りを嗅いだ村人たちの肩こりが治り、腰痛が消え、肌に艶が戻っていく。
「こ、これは……」
村長が震える手でその結晶を指差した。
「ベインか? しかし、こんな巨大で、美しいベインなど見たことがないぞ。まるで宝石じゃ」
村人たちがざわめき始める。
「おい、あれを見ろ。光ってるぞ」
「すげぇ魔力だ。肌がピリピリする」
「デルのやつ、とんでもないものをひねり出しやがったな」
「これが……ウン……いや、聖なる排泄物……」
リナはデルに駆け寄り、その肩を抱いた。
「よかった……本当によかった……」
彼女の目から涙が溢れる。
「爆発したかと思ったじゃない! バカ! 心配させないでよ!」
彼女はデルの胸をポカポカと叩いた。
「ごめん……でも、スッキリしたよ。体が軽いんだ。まるで羽が生えたみたいに」
デルはへらりと笑った。その笑顔は、長年の便秘から解放された者だけが浮かべることのできる、仏のような慈愛に満ちていた。
これが、後に『
コロン村の歴史書には、この日が「黄金の夜明け」として記されることになる。
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