第3話 星結びの茶会へようこそ
「はああぁぁ……やっぱり緊張する! だって初配信よ? 前世でお試しで動画投稿したこともあるけど再生数ゼロだった記憶が蘇るわ……!」
ミロワール・ヴィヴィアンを前に、私はバクバクする心臓を服の上から押さえた。
(落ち着いて、私。深呼吸して。異世界の
深夜25時。本来、健康的な人間ならぐっすり夢の中という時間帯に、いったい何人がミロワール・ヴィヴィアンを起動させているだろう。
セレノアの部屋は、淡い魔力の光に包まれていた。
「ふぅ。だけど私にはこれしか残ってないんだから……覚悟を決めて、いくわよ!
星型のボタンをタップすると、ミロワール・ヴィヴィアンの鏡面が波打ち、仮想の空間が映し出される。そこは、満天の星空の下に用意された幻想的な茶会の席だ。
「夜空の片隅からこんばんは。私、シエルノワール。星結びの茶会へようこそ、迷える子羊ちゃんたち」
記念すべき、最初の発言である。
(魔力の乱れなし、いい感じに声の変調できてる! 天使? 天使がここにいるわよ、皆さ~ん!)
とはいえ、最初は予想通りリスナー数はゼロ。
「まあまあ、ここまでは想定内よ」
セレノアには前世で培った『鋼のメンタル』と『ぼっちパワー』がある。
「今日は初回だものね。まずは私の大好きな、詩の朗読から始めようかしら。夜風が冷たいこんな夜には、私の声で温まってね」
セレノアは、誰もいない画面に向かい、あえてゆっくりと、一文字ずつ愛おしむように語りかけた。
悪役令嬢としての凛とした発声に、設定した通りの甘さが加わり、それは唯一無二の、中毒性のある響きとなっていた。
部屋の本棚から持ってきた詩集を読み上げていると、数分後に何人かチャンネルに入室してきた。
《……ん? この子は誰?》
《変な魔導信号を拾ったと思ったら、なんだこの美少女!?》
《声、すご……なにこれ、耳が幸せなんだけど》
コメントもぽつぽつと書き込まれ始める。
(キ、キタアァァー‼ リスナーさん初来店! いらっしゃいませぇー!)
その場で祝福の舞を踊りたくなったけど、今は神秘的な魔女のキャラなので我慢する。動きも連動してしまうから。
「あら、眠れない子羊ちゃんたちがいるみたいね。こんばんは。見つけてくれてありがとう。私はシエルノワール、よろしくね」
すまし顔でコメントを読み上げ、一つひとつ丁寧に反応していく。
《どしたん話聞こか?》
《こんなかわいい子、見たことない!》
《私もこんなドレス着てみたい~》
その丁寧さと、異世界の住人には馴染みのない『Vtuber』というスタイル。そしてなにより、セレノアの相手の気持ちを汲み取るという前世の才能が、深夜に起きている夜更かし勢の心を鷲掴みにした。
《シエルノワールちゃん、チャンネル登録したよ》
《私も。こんな時間まで起きててよかった》
《朗読の続き、お願いします。あなたの声のおかげで眠れそうなんです》
初日のわりに、思った以上の反響だ。どこの世界にも眠れない人々はいるのだ。
「ここは、ただ夜に言葉を紡ぐだけの場所。もし、昼間の生活に疲れてしまったら、誰かに話したいことがあったら……この『星結びの茶会』の扉を叩いてちょうだい。私とお話しましょう。では、朗読を続けるわね」
今までの『セレノア』は、自身の言葉で、行動で、人を傷つけてきた。だから、これからは『シエルノワール』の言葉で、笑顔で、誰かに寄り添いたい、そう思った。
流れるコメントも好意的なものばかりだ。これがもしセレノアだと知ったら、掌を返されるかもしれない。
(今のところ順調すぎてこわいわ。 誰にも正体を明かさず、こうして純粋に『私』を評価してもらえるなんて……。悪役令嬢として生きてきた十八年間、こんなに心が温かくなったことなかったかも)
ふと見ると、リスナーの中に『……』とだけ打ち込んで、ひたすら静かに聞き続けているアカウントがあった。
(ん? この人、さっきからずっといる。コメントもないけど……いわゆる『ロム専』ってやつね。いいわ、大丈夫よ、ゆっくりしていってね!)
朗読も終わる頃、コメントの流れも穏やかになってきた。リスナー数も減っている。おそらく寝落ちして魔力が切れ、ミロワール・ヴィヴィアンの電源が落ちたのだろう。
「じゃあ、今夜はこれくらいでお開きにしようかしら」
アバターがにっこりと微笑むと、きらきらと星の雫が舞う。
《お疲れ様でした。明日もやってくれますか?》
《すっかりシエルノワール様のファンになりました!》
《これ、少ないけどお茶代。また聞かせて》
ピロン、というかわいい音とともに、画面に『50リュミ』の
『スパチャ』とは『スーパーチャット』の略称で、いわゆる投げ銭のこと。自分が応援したい相手に好きな金額を入力して送ると、その人の収入になるというわけ。
つまり、この魔導通貨こそが、セレノアが求めていたものである。
「……っ! ありがとう! 大切に使わせていただきます!」
セレノアは深く頭を下げた。
「では、おやすみなさい。ごきげんよう」
セレノアは、静かに配信終了のボタンを押す。なんの変哲もない待ち受け画面に切り替わった途端、セレノアは椅子から立ちあがった。
(うわあああん! 稼いだ! 初収益よ、お母様ー!
嬉しくて、スキップしながら寝室に向かい、そのままベッドにダイブする。
(でも、まだ死亡フラグの方は安心できない。このままセレノアが世間から忘れ去られれば、大丈夫だと思うけど……)
資金を貯めて隣国に行くのもアリかもしれない、そう思いながらセレノアは深い眠りに落ちていった。
次の更新予定
「顔も見たくない」と婚約破棄されたので、引きこもってVtuberを始めた悪役令嬢だけど、今日も王子から高額スパチャが飛んでくる 宮永レン@1/16捨てられ令嬢コミック2 @miyanagaren
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