中年冒険者、変わらない背中を見る

 夜の巡回ってのは、割に合わねぇ仕事だ。


 何か起きりゃ命懸け。

 何も起きなきゃ、ただの時間潰し。


 それでも需要はある。

 人が嫌がるってぇのは、それだけで金になる。


 ハンスは石畳を踏みしめながら、街外れを歩いていた。

 影の濃さ、風の流れ、物音ひとつ。

 派手な動きはねぇが、目は休めない。



「……妙に静かだな」


 そのときだ。


 路地の奥で、どすん、と鈍い音がした。


 反射で足が止まり、手が剣にかかる。



「おい、そこだ。出てきな」


 闇が動く。


 松明の明かりに浮かんだのは、でかい影だった。

 肩に担がれた、巨大なオークの死骸。

 血と土の匂いが、遅れて鼻にくる。



「久しぶりだな、ハンス」


 低く落ち着いた声。


 ハンスは一瞬目を細めて、それから鼻で笑った。



「なんだよ。バルドか。相変わらず、担ぐもんが重てぇな」


「通り道に転がってただけだ」


「へぇ、随分物騒な通りだな」


 バルドはオークを地面に降ろし、肩をぐるりと回す。

 動きに無駄がねぇ。

 歴戦って言葉が、そのまんま形になったような男だ。



「まだこの街にいるとは思わなかった」


「俺の台詞だ。王都はどうした。飽きたか?」


「人が多すぎる。仕事もな」


「だろうな」


 短い会話。

 だが、気まずさはねぇ。



「……巡回か」


「まぁな。誰かがやらにゃ、後で面倒になる」


「変わらないな」


 バルドは低く笑った。



「お前なら、もっと上で稼げるだろうに」


 ハンスは答えず、街灯の方へ視線を投げた。



「静かなとこが性に合ってきただけだ。夜も、ちゃんと眠れるしな」


 それで十分だって顔だった。


 バルドは少しだけ黙り、斧を担ぎ直す。



「……生き延びろよ」


「そっちこそだ。無茶すんじゃねぇぞ」


「今さらだ」


 それだけ言って、二人は別れた。




 家に戻ると、扉を開けた瞬間に分かる。

 今日は、いい匂いだ。



「おかえりなさい」


 アメリアが鍋の前から顔を出す。

 湯気と一緒に、トマトと香草の匂いが広がった。



「今日はチキンのトマト煮込みです。たまには、ちゃんとしたものをと思って」


「上等じゃねぇか」


 皿が並び、パンが置かれる。

 質素だが、手が入ってる。


 一口食って、ハンスは小さく息を吐いた。


 外で食う干し肉の味を、よく知ってる。

 腹は満たされるが、それだけだ。


 だがこれは違う。

 温ぇ。

 匂いがある。

 向かいに、人がいる。



「……なぁ」


「はい?」


「今日、昔の仲間に会ってな」


「そうなんですか?」


「バルドってぇんだ。オーガみてぇな図体した、でかい男でよ」


 アメリアは少し目を丸くする。



「強そうですね」


「まぁな。昔っから、前に立つタイプだ」


 それ以上は言わない。

 だが、声には自然と昔が滲んでた。


 アメリアは何も聞かず、少しだけ距離を詰める。



「……無理は、してませんよね」


「してねぇよ」


「なら、いいです」


 チキンは柔らかく、トマトの酸味が体に染みる。

 派手じゃねぇが、ちゃんと残る味だ。


 ハンスは鍋を見ながら、思った。


 強さは、まだある。

 だが、使う場所はもう違う。


 この街で。

 この家で。



「……悪くねぇな」


 誰に言うでもなく、そう呟いた。


 夜は、静かに更けていった。

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