中年冒険者、ゴミ掃除をする

朝の光が街の屋根をほんのり染める頃、ハンスはゆっくりと家を出た。



今日の依頼は町外れの倉庫に溜まったゴミの掃除。派手なダンジョン探索でも、強敵討伐でもない。


だが、これで食い扶持は確保できる。冒険者とは、人がやらないことをやって金を稼ぐ職業だ。


危険を冒さなくても、需要さえあれば生き延びられる。



「ま、危険を冒さなくても、金は生まれるってもんさぁ」


独り言をつぶやき、ハンスはほうきとちり取りを手に倉庫の扉を押し開けた。

埃と湿った空気が鼻をくすぐる。人が避ける場所だからこそ、ここに仕事があるのだ。


床に散らばった廃材や埃をかき集め、掃き掃除と拭き掃除を交互にこなす。静かな作業の中、ハンスは思う。


人が避ける仕事でも、需要があれば金になる。それを地味だと嘆くか、哲学的に淡々とこなすか。彼は後者を選ぶ。




作業を終え、ハンスは手を止め、綺麗になった倉庫を満足げに眺めた。今日もちゃんと生き延びた――その瞬間、遠くから地響きのような足音が聞こえた。

振り返ると、背の高い男が巨大なオークを肩に担いで歩いてくる。血や泥で汚れた鎧、戦士としての威圧感――バルドだ。



「おう、バルドじゃねぇか。こんなとこで偶然だな」


ハンスは肩の力を抜き、淡々と声をかけた。


バルドは肩からオークを下ろし、少し微笑む。



「……ハンス、元気そうだな。まさかこんな辺鄙な街で会うとはな」


「元気でやってるさ。危険を冒して散るより、こうして確実に生き延びる方が、あっしには合ってるんでさぁ」


江戸っ子口調で淡々と返すハンス。


バルドは少し考え込むように目を細めた。



「ふむ…俺も昔は、お前とあちこち駆け回ったもんだ。だが、お前は相変わらず慎重というか、達観してるな」


「そりゃ、あっしも若くはねぇからな。今さら無茶はできねぇよ」


バルドは肩にかかるオークを見て、にやりと笑った。



「それでも相変わらず強いな。あの頃と比べて、やっぱりお前ならどこにだって行けただろうに」


「ま、あっしにはあっしの考えがありやす。危険な所へ行って散るより、こうして確実に生きる方が性に合ってるんでさぁ」


二人はしばらく倉庫の中で黙ったまま、互いの存在を確かめるように見つめ合った。やがて、バルドは肩を竦め、にやりと笑う。



「さて、俺はそろそろ行くか。これを片付けたら、街に戻る」


「おう、気ぃつけてな」


短い挨拶で別れる二人。派手な戦士と地味な万年底辺冒険者の、静かな再会だった。


ハンスは倉庫を後にし、報酬の硬貨を受け取り、町を抜けて家路を急ぐ。今日も生き延びるには十分な金額だ。




家に着くと、アメリアがキッチンで腕を振るっていた。香ばしい匂いが部屋に広がる。今夜は少し贅沢――厚切りステーキだ。



「たまには贅沢しないと、心が痩せてしまいますよ?」


アメリアは笑顔で、少し甘えた声でそう言いながら肉を差し出す。厚みのある赤身がジュウジュウと音を立てている。ハンスはナイフとフォークを手に取り、じっと肉を眺めた。



「ふん、なるほど。たまには悪くねえ」


口に運ぶと、柔らかく焼かれた肉と野菜の甘みが口いっぱいに広がる。日々の細々とした依頼で疲れた体と心に、ほんのひとときの贅沢が染み渡る。


食事の合間に、ハンスはアメリアに小さく話しかけた。



「そういや、昔の仲間に会ったぜ。相変わらずだったよ」


アメリアはくすっと笑い、肩をもたれかけるようにして、甘えた声で返す。



「ふふ、そうなんですね…ハンスさんも、やっぱり変わらないんですね」


ハンスは軽くうなずき、フォークを置いて膝を軽く組む。

彼女の存在が日常に小さな光を落としている。伴侶ではない。だが、今日も生き延び、明日もまた細々と日常を紡ぐ――それで十分なのだ。


ハンスは静かに息をつき、布団に身を沈める。明日もまた、町の依頼やダンジョン探索が待っている。


だが、それを淡々とこなすことで、彼は確実に生き延びるのだ――元冒険者、中年の万年底辺ハンスの日常は、今日もまた、静かに続く。

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