中年冒険者、今日もダンジョンにもぐる ーー同居生活は少し賑やか
とりもも
細々と生きる冒険者の日常
湿った土とカビの匂いが鼻をくすぐるダンジョンの奥。
ハンスは腰をかがめ、光を反射するスライムの核を一つずつ丁寧に袋に入れる。
古びた革鎧と短剣の手入れもそこそこに、彼の動きは無駄がない。熟練の動きだが、その目には疲れが滲む。
かつては華々しい依頼もこなした冒険者、今や万年底辺の中年として、ギルドの掲示板で小さな依頼を拾い、細々と生計を立てる日々だ。
光の加減で、遠い昔の記憶がちらつく。黒衣のくたびれた神の姿――祈ったわけでも、呼んだわけでもない。
ただ目を閉じた瞬間にチラッと心に浮かんだだけで、わずかに心が落ち着く。
かつての栄光は遠く、今の生活に埋もれている。それでも、今日も生き延びるための小さな戦いは続く。
袋に核を詰め終えると、ハンスはゆっくりとダンジョンの出口へ向かう。
湿った壁に光が反射し、斜めに伸びた影が足元で揺れる。階段を上り、地上へ出ると、夕陽が町の屋根をオレンジ色に染める。静かで地味な日常。しかし、これで今日の糧は確保できる。
町の広場に差し掛かると、若手の冒険者パーティが声を掛けてきた。鎧はまだ新しく、元気な顔でこちらを見下している。
「おい、ハンス!そんな弱っちい依頼ばっかで、何やってんだよ!」
「おう、まだこっちにいるのかい。元気そうで何よりだねぇ。」
肩をすくめ、袋を軽く揺らすハンス。
無駄な争いは御免だ。だが、若さゆえの挑発には少しだけ面白みを感じる。
「俺たちならもっと稼げるぜ。あんた、まだ現役ってわけじゃねえだろ?」
ハンスは目を細め、静かに口を開く。
「勝つとか負けるとかの話じゃねえんだ。命あっての物種ってもんさぁ。あっしはあっしの考えがありやす」
若手たちは一瞬息を呑み、諦め顔で去っていく。細々とした中年に見えるが、その背筋と手つきにはかつての実力の片鱗が確かに残っているのだ。
ハンスは広場を抜け、ギルドへ向かう。袋の中のスライムの核を換金する。報酬は少ない――雀の涙ほどだが、今日の糧には十分だ。
かつては豪華な依頼で金貨を手にしたこともあったが、今はこれで十分。ハンスは淡々と硬貨を受け取り、必要最低限の物資を購入すると、静かに町を後にした。
町の路地は夕暮れから夜へと移り変わる。街灯に照らされる石畳には、冒険者や商人、子供たちの影がゆらりと揺れる。
遠くで鍛冶の火が赤く光り、酒場の笑い声が微かに漏れる。細々とした生活の匂いが、ハンスの足元を包む。
家に戻ると、アメリアが笑顔で迎える。小柄な洋風美少女は、幼い頃、ハンスに助けられたことを覚えており、押しかけてきて同居している。
伴侶ではないが、日常に小さな光を落とす存在だ。
「おかえりなさい、ハンス!」
「はいはい、アメリアは相変わらず元気だねぇ」
ハンスは軽く頭を撫で、袋に入った硬貨を見せる。
「少ねぇと思うだろ?でも、あっしらの糧になるくらいで十分さぁ」
アメリアはテーブルに晩御飯を並べる。鍋にはごろっとしたジャガイモ、人参、玉ねぎがたっぷり入り、野菜の甘みが溶け出したシチュー。
肉はない。柔らかく煮込まれた野菜が、温かさと満足感を十分に与えてくれる。
香りが部屋を満たし、ハンスの疲れをそっと癒す。
「ねえ…ハンス、私のことアミィって呼んでくれない?」
ハンスは肩をすくめ、スプーンを手にしながら淡々と答える。
「…あっしはアメリアで通すさぁ」
「えー……」
それでもアメリアはにこりと笑った。
押しかけてきて、こうして一緒に晩御飯を囲む時間が、彼女にとってもハンスにとっても、ささやかな日常なのだ。
食事を終えると、ハンスは鍋を片付け、洗い物を淡々とこなす。
水の音、泡のはじける音、スプーンを拭く布の擦れる音。小さな生活音が、部屋に静かな安らぎをもたらす。
外の夜風が窓から吹き込み、アメリアの髪をそっと揺らした。
二人は食後の静かな時間を共有し、町に夜の帳が降りる。遠い昔、黒衣の神の姿がちらついたことを、ハンスは心の片隅で思い出す。言葉はなくとも存在を感じる。それで十分だ。
過去の栄光も、神の記憶も遠くにある。だが、今日も生き延び、明日もまた細々と日常を紡ぐ。それが、ハンスの選んだ道なのだ。
中年冒険者、今日もダンジョンにもぐる ーー同居生活は少し賑やか とりもも @torimomo_t
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