第20話
第20話 深海からの魚雷と、死の「ピンポン」
豪華客船のメインダイニングは、一方的な蹂躙劇の舞台となっていた。
「オラオラオラァ! さっきまでの威勢はどうした!」
一条帝が炎を纏った拳で兵士を殴り飛ばす。
阻害ガスが消え、魔力を取り戻した一高生たちの怒りは凄まじい。
数的不利に加え、船内トラップで疲弊していた帝国兵たちは、もはや赤子も同然だった。
「ひ、ひぃぃっ! 助け……!」
「逃がしませんよ。兄様を拉致しようとした罪、その身で償いなさい」
九重桜が微笑みながら指を鳴らすと、逃げようとした兵士たちの足元が瞬間的に凍結し、床に固定された。
動けない標的に対し、生徒たちが魔法を一斉射撃する。
「くそっ、化け物どもめ……!」
指揮官のヴォルフ少佐は、混乱に乗じて会場を脱出していた。
彼はブリッジへと続く通路を走りながら、通信機に向かって叫んだ。
『こちらヴォルフ! 作戦は失敗だ! ターゲットの確保は不可能!』
彼の顔は屈辱と狂気で歪んでいた。
たかが学生ごときに、帝国の精鋭部隊が敗北する。
このままおめおめと帰国すれば、軍法会議は免れない。
ならば。
『潜水艦「U-666」へ告ぐ! これよりプランBに移行する! 客船を撃沈せよ!』
通信機の向こうから、艦長の驚愕した声が返ってくる。
『し、正気ですか少佐!? 味方もまだ船内に……それに、数百人の学生を沈めれば国際問題に……』
『構わん! 九重蓮という頭脳を日本に残すくらいなら、海の藻屑にしてやる! 全魚雷、発射用意!』
ヴォルフは通信機を握り潰した。
自分が助からないなら、全員道連れだ。
それが、帝国の流儀だった。
◇
機関室の奥。
九重蓮は、配管の上に座ってガラケーを操作していた。
「……やっぱり、そう来るか」
蓮はヴォルフの暗号通信を傍受していた。
隣にいる七瀬凛が顔を蒼白にする。
「九重くん! 魚雷だって!? この船には対潜装備なんてないわよ!」
「そうですね。船殻も薄い。一発でも被弾すれば、数分で沈没コースです」
蓮は淡々と事実を述べる。
だが、その手は止まらない。
「会長。船底にある『魚群探知機』と『海底地形探査ソナー』の出力を最大にしてください」
「ソ、ソナー? そんなもので魚雷を防げるの?」
「物理的には無理です。……ですが、データ的には可能です」
蓮はガラケーをソナーの制御システムに直結した。
「今の潜水艦はハイテクの塊だ。ソナー音、海流データ、敵艦のスクリュー音……あらゆる音響データをAIが分析して、自動で航行している」
蓮の目が、冷徹な光を帯びる。
「つまり、その『耳』に、致死量の毒(ウイルス)を流し込めばいい」
◇
海中。
客船の真下300メートルに潜航する、帝国の攻撃型潜水艦。
発令所は赤色灯に照らされ、緊張が走っていた。
「1番から4番発射管、注水完了!」
「目標、直上の客船! 距離300!」
艦長が脂汗を流しながら号令をかける。
「……撃てっ!」
シュゴッ!
圧縮空気と共に、4本の重魚雷が射出された。
それらはスクリューを回転させ、死神のように客船へと向かって急浮上を開始する。
着弾まで、あと30秒。
回避不能の距離。
その時。
ソナー担当員がヘッドフォンを押さえて絶叫した。
「か、艦長! 直上から高出力のソナー音! ……あ、ありえません! これは!」
キィィィィィィン!!
船内スピーカーから、異常な電子音が響き渡った。
ただの音ではない。
それは、「0」と「1」のデジタル信号を、音波に変換したデータパケットだった。
「な、なんだこの音は!?」
「システムに異常発生! 火器管制装置(FCS)が……勝手に書き換わっています!」
モニター上の魚雷の軌道予測線が、デタラメに乱れ始めた。
蓮がソナー音に乗せて送り込んだのは、潜水艦の聴覚センサーを経由してシステムに侵入する『音響サイバー攻撃』コードだ。
海中を進んでいた4本の魚雷。
その誘導システムが、突如として書き換わる。
ターゲット変更。
『客船』から――『発射母体』へ。
「ぎょ、魚雷が反転しました! こっちに戻ってきます!」
「なんだとぉ!?」
「回避不能! 距離50!」
艦長が絶望の叫びを上げる。
「馬鹿な! 潜水艦がハッキングされただと!? 音だけで!?」
ドォォォォォォォン!!
海中で巨大な水柱が上がった。
自らが放った魚雷の直撃を受け、帝国の誇る最新鋭潜水艦は、鉄屑となって深海へと沈んでいった。
◇
船上。
大きな揺れと水柱に、生徒たちは悲鳴を上げたが、船体へのダメージはなかった。
爆発は海深くで起きたからだ。
「……ふぅ。一丁上がり」
機関室で、蓮はガラケーを閉じた。
ソナーを使った音響ハッキング。理論上は可能だが、波の干渉やノイズを除去して正確なコードを送るのは神業に近い。
だが、彼にとっては「ちょっと難しいパズル」程度のものだった。
「信じられない……」
凛がモニターを見つめ、呆然と呟く。
そこには、敵潜水艦の反応が消滅したレーダー画面が映っていた。
「ガラケー一台で、潜水艦を沈めるなんて……あなた、本当に何者なの?」
「ただの、妹思いの兄貴ですよ」
蓮は肩をすくめて立ち上がった。
「さあ、戻りましょう。……パーティーのデザートがまだ残ってますから」
◇
数時間後。
夜明けと共に、海上保安庁の巡視船とヘリコプターが到着した。
拘束された帝国兵たちは連行され、船内に潜んでいたヴォルフ少佐も、脱出ボートを桜によって氷漬けにされ、あえなく御用となった。
デッキの上。
朝日を浴びながら、蓮は潮風に当たっていた。
隣には桜がいる。
「……怖かったですか? 兄様」
「いや。お前がいたからな」
「!」
桜の顔がパッと輝く。
蓮は照れ隠しに視線を逸らした。
実際、桜たちが前線で時間を稼いでくれなければ、ハッキングは間に合わなかったかもしれない。
「……まあ、これで少しは静かになるだろ」
帝国の野望は潰えた。
権藤も捕まり、技術流出も防がれた。
だが、蓮は知っていた。
自分の存在が、世界中の「闇」にとって、無視できない脅威として認知されたことを。
平穏な日常は、もう戻らないかもしれない。
それでも。
「お兄様! 家に帰ったら、今回の活躍をお祝いしてケーキを作りましょう!」
「またか。……まあ、いいけどな」
隣で笑う妹と、背後で騒ぐ友人たち(帝が「僕が一番活躍した!」と主張している)がいる限り、どんなバグも修正できる気がした。
九重蓮。
魔力ゼロの最強魔法エンジニア。
彼のガラケーには、今日も新たな「トラブル」の通知が届いている。
だが、今の彼は、それを少しだけ楽しんでいるようにも見えた。
――System All Green.
――The Story Continues.
完
魔力ゼロの最強魔法エンジニア ~スマホ全盛の現代に、俺だけガラケーで世界のソースコードを書き換える~ kuni @trainweek005050
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