第19話
豪華客船『プリンセス・マギア号』のメインダイニング。
シャンデリアが輝く煌びやかなパーティー会場は、今や恐怖のドン底にあった。
「動くな! 魔法を使おうとした者は即座に射殺する!」
黒い軍服に身を包んだ「ガレリア帝国」の兵士たちが、アサルトライフル型の魔導銃を突きつけている。
会場にいた300名以上の生徒と教師は、壁際に追いやられ、手を頭の後ろで組まされていた。
会場の中央。
指揮官であるヴォルフ少佐が、軍靴を鳴らして歩き回る。
「嘆かわしいな。平和ボケした日本の学生諸君。……実戦であれば、君たちは既に死んでいるぞ」
ヴォルフが嘲笑う。
生徒たちは反撃できない。船内には特殊な「阻害ガス」が散布され、魔法を発動しようとすると呼吸困難に陥る仕掛けになっていたのだ。
それに、ここは海の上。下手に暴れれば船が沈む。
「……何の真似だ、アンタら」
生徒の最前列で、一条帝が睨みつけた。
彼は隙を見て反撃しようとしているが、銃口が至近距離で彼を狙っている。
「我々の要求はシンプルだ。……この中にいる『九重蓮』という生徒を引き渡せ」
ヴォルフの言葉に、会場がざわつく。
帝と、その隣にいた桜が顔を見合わせた。
「兄様を……?」
「九重をどうする気だ!」
「帝国の科学力向上のため、彼の優秀な脳を『サンプル』として頂く。……さあ、どこにいる? 出てこなければ、1分ごとに人質を一人ずつ海へ捨てる」
ヴォルフが懐中時計を取り出す。
卑劣な脅迫。
だが、会場を見渡しても蓮の姿はない。
「……チッ。逃げたか、あのネズミめ」
ヴォルフは部下に顎で指示した。
「船内を捜索しろ。配管から通気口まで、しらみ潰しに探せ。……抵抗するなら殺しても構わん」
◇
その頃。
船の深層部、機関室へと続く薄暗いメンテナンス通路。
そこに、二人の影があった。
九重蓮と、生徒会長の七瀬凛だ。
二人は襲撃直後、とっさの判断でパーティー会場を抜け出し、船の裏側へと潜り込んでいたのだ。
「……状況は最悪ね」
凛がタブレットを見ながら苦渋の表情を浮かべる。
「船の主要エリアは制圧されたわ。ブリッジも機関室も敵の手の中。通信もジャミングされて外部へのSOSも届かない」
「しかも、俺の首がお目当てときた」
蓮は壁の配電盤を開け、中のケーブルを引きずり出していた。
ガラケーを取り出し、物理結線(直結)する。
「九重くん、どうするの? 救命ボートで脱出する?」
「無理ですね。外には潜水艦が待機してる。ボートなんて格好の的だ」
蓮はガラケーのキーを弾き始めた。
カチカチカチッ。
「……この船の制御システム、思ったより古いな。20年前の海運管理OSをベースにしてる」
「それが何か?」
「古いくせに、無駄にIoT化されてるってことですよ。照明、空調、ドアロック、バラストタンク……全てがネットワークで管理されてる」
蓮の目が怪しく光った。
「会長。俺に『船長権限』をください。……いや、なくても奪いますけど」
「フフッ、頼もしいわね。許可するわ。この船をあなたのオモチャにしなさい」
蓮はエンターキーを叩き込んだ。
――システム掌握(ハック)。
――対象:船内全インフラ。
◇
3階、客室エリア。
帝国の兵士たちが、一部屋ずつドアを蹴破り、蓮を捜索していた。
「おい、いないぞ! どこに隠れた!」
「クソッ、広いなこの船は……」
兵士の一人が、苛立ち紛れに壁を蹴った瞬間。
バタンッ!!
前後の防火扉が、突然猛スピードで閉まった。
兵士たちが廊下に閉じ込められる。
「なっ!? なんだ!?」
「扉が開かない! 故障か!?」
直後、スプリンクラーが作動した。
ただし、出てきたのは水ではない。
船内の厨房から吸い上げられた、大量の「オリーブオイル」だ。
「ぬわぁぁっ!? なんだこれ!? ヌルヌルするぞ!」
「滑る! 立てない!」
オイルまみれになり、転倒する兵士たち。
そこへ、空調システムが「冷房・最低温度」でフル稼働を始める。
「さ、寒い……!」
「油が固まって……体が……!」
極寒のオイル地獄。
彼らは銃を構えることすらできず、震えながら団子状態になっていく。
◇
機関室前。
ここを見張っていた兵士たちは、突如として「音」の暴力に襲われた。
キィィィィィン!!
壁のスピーカーから、可聴域ギリギリの高周波(モスキート音)が大音量で再生される。
「ぐあぁぁっ! 耳がぁっ!」
「頭が割れるぅぅっ!」
三半規管を破壊され、嘔吐して倒れ込む兵士たち。
さらに、床の誘導灯がストロボのように激しく明滅し、彼らの平衡感覚を奪っていく。
◇
メインダイニング。
指揮官のヴォルフの元に、次々と悲鳴のような報告が入ってくる。
『た、隊長! 第3班、全滅! トイレに閉じ込められて汚水まみれです!』
『第5班、エレベーターが暴走して、1階と最上階を高速往復しています! 全員気絶しました!』
『厨房の自動調理器が、熱々のピザを射出してきます! 熱い!』
「ええい、何が起きている! ポルターガイストか!?」
ヴォルフが怒鳴る。
その時、会場の巨大スクリーンにノイズが走り、文字が表示された。
『Welcome to the Haunted Ship(幽霊船へようこそ)』
そして、蓮の声が船内放送で響き渡った。
『――ごきげんよう、不法侵入者の皆さん。当船のアトラクションはお楽しみいただけましたか?』
ふざけた口調。
ヴォルフのこめかみに青筋が浮かぶ。
「貴様……九重蓮か!」
『正解です。……さて、アンタらに警告だ。今すぐ投降して、ボートで帰れ。そうすれば、命だけは助けてやる』
「ハッ! 何を言うかと思えば! 人質はこちらの手にあるのだぞ!」
ヴォルフが銃を生徒に向ける。
だが、蓮の声は冷ややかだった。
『人質? ……逆だろ』
「何?」
『今、海の上に逃げ場なく閉じ込められているのは、アンタらの方だ』
ズズズズズ……。
船体が傾いた。
いや、意図的に傾けられたのだ。バラストタンク(注水タンク)の水量を操作されて。
「うわっ!?」
兵士たちが体勢を崩す。
その隙に、蓮が最後のコマンドを実行した。
『――換気システム、逆噴射。……阻害ガスの排出を開始する』
シュゴォォォォォ!!
会場の通気口が一斉に開き、強力な吸引力で空気を吸い出し始めた。
魔法を封じていたガスが、急速に薄まっていく。
帝が、桜が、そして生徒たちが、深く息を吸い込んだ。
体の中に、魔力が戻ってくる感覚。
「……兄様、ナイスです」
桜がゆっくりと立ち上がる。
その瞳に、再び「魔王」の輝きが戻っていた。
「さあ、皆さん。……反撃の時間ですよ?」
生徒たちが一斉に立ち上がる。
その数、300人。
対する兵士は、船内トラップで数を減らし、今や数十人。
「ひ、ひぃぃっ!?」
「ば、化け物どもが……!」
ヴォルフが後ずさる。
形勢逆転。
エンジニアが舞台を整え、プレイヤーたちが暴れる。
最強の連携プレイが、帝国の野望を粉砕しようとしていた。
「総員、魔法解放(フルバースト)!!」
帝の号令と共に、会場は魔法の光で埋め尽くされた。
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