第18話
季節は秋。
国立高度魔法技術高校の校庭も、色づいた銀杏の葉で覆われていた。
競技会での優勝という熱狂から数ヶ月。学園は再び、別のイベントで持ちきりになっていた。
2年生の一大行事、修学旅行である。
1年E組の教室。
ホームルームの時間、担任教師が旅のしおりを配っている間、九重蓮は憂鬱そうに窓の外を眺めていた。
(……面倒だ。実に面倒だ)
蓮の手元にあるしおりには、こう書かれている。
『古都・京都の寺社巡り & 大阪湾・豪華客船「プリンセス・マギア号」でのナイトクルーズ』
一見すれば優雅なプランだ。
だが、蓮にとっては違う。
競技会以降、彼の知名度は爆上がりしていた。「魔改造の達人」「謎のガラケー使い」として、他校や企業、果ては軍関係者からもしつこく勧誘メールが届いている現状だ。
そんな中で、無防備に学校の外へ出るなど、トラブルに飛び込むようなものだ。
「はぁ……。風邪引いたことにして休むか」
「ダメですよ、お兄様」
隣の席から、恐ろしく良い笑顔で九重桜が顔を覗き込んできた。
「修学旅行は青春の1ページです。それに、京都には『恋占いの石』がある清水寺や、縁結びで有名な地主神社があるんですよ? これは行くしかありません」
「……俺たちは兄妹だぞ。縁を結んでどうする」
「赤い糸を、より強固なチタン合金製ワイヤー(物理)に強化するのです」
桜の目は本気だ。
彼女のスマホ画面には、すでに分単位で蓮とのデートプランが構築されていた。
「それに、一条さんも張り切っていましたよ。『僕がクルーズ船のVIPルームを貸し切ってやる』とか言って」
「……あいつ、また金の力か」
蓮はため息をついた。
まあ、妹や友人が楽しみにしているなら、付き合うしかないか。
蓮は諦めて、ガラケーのスケジュール帳に「旅行」と入力した。
◇
その頃。
日本海上の公海、国籍不明の貨物船内。
薄暗い船室に、かつてトライデント社の局長だった男、権藤がいた。
彼の目の前には、軍服を着た大柄な男が座っている。
軍事独裁国家「ガレリア帝国」。
魔法技術を軍事力に転用し、周辺諸国を脅かしている危険な国だ。
その帝国の特務少佐、ヴォルフが、権藤の差し出したデータチップを弄んでいた。
「……なるほど。これが一高の『オートパイロット・システム』のデータか」
「は、はい! これさえあれば、帝国の兵士たちは無敵になります! 脳のリミッターを解除しつつ、精密動作が可能になるのです!」
権藤が必死に売り込む。
彼は日本での居場所を失い、このデータを手土産に帝国への亡命を画策していた。
「悪くない」
ヴォルフ少佐はニヤリと笑った。
「だが、データだけでは不完全だ。……このコードを書いた『エンジニア』そのものが欲しい」
「えっ?」
「この九重蓮という少年。……彼の脳みそを解剖すれば、より素晴らしい兵器が作れるだろう?」
ヴォルフがモニターに蓮の写真を表示する。
権藤は顔を引きつらせた。
「し、しかし奴は一高に……日本国内にいます。拉致するのは困難かと」
「ふん。情報によると、明日から一高は修学旅行だそうだな。……しかも、大阪湾でクルーズ船に乗るとか」
ヴォルフが地図を指差す。
「海上なら、日本の警察権も及びにくい。……我々の潜水艦で接近し、船ごと制圧する」
「ま、まさか! 生徒が数百人も乗っているんですよ!?」
「人質が増えて好都合だ。抵抗するなら沈めればいい」
狂気。
権藤は背筋が凍る思いだったが、もう後戻りはできない。
ヴォルフは立ち上がり、部下たちに号令をかけた。
「作戦開始だ。ターゲットは豪華客船『プリンセス・マギア』。……楽しい修学旅行を、地獄に変えてやろう」
◇
翌日。新大阪駅。
新幹線を降りた一高の生徒たちは、バスに乗り換えて京都観光を楽しんでいた。
「お兄様! 見てください、金閣寺です! 金ピカです!」
「ああ、そうだな。……あれ、維持費だけで年間どれくらいかかるんだろうな」
「風情がないですねぇ」
蓮たちは、束の間の平和を楽しんでいた。
桜に引っ張り回され、清水の舞台で写真を撮り、抹茶パフェを食べさせられる。
一条帝も、「こんな古い建物より、僕の家の方が広いな」などと憎まれ口を叩きつつ、楽しそうに土産物を買い漁っていた。
だが、蓮のガラケーには、断続的に不審なパケットが着信していた。
(……おかしいな。京都上空の通信波に、ノイズが混じってる)
蓮は観光中も、片手でガラケーを操作し、周囲の電波状況をモニタリングしていた。
微弱だが、軍用の暗号化通信に似た波形。
発信源は、大阪湾の方角だ。
「九重くん、どうかした?」
生徒会長の七瀬凛が声をかけてきた。
彼女も私服姿で、普段の制服とは違う大人びた雰囲気を漂わせている。
「いえ……ちょっと嫌な予感がしまして」
「あら、奇遇ね。私の『女の勘』も、何かあるって告げているわ」
凛が真剣な眼差しになる。
彼女は風紀委員たちに目配せをし、密かに警戒レベルを引き上げていた。
「今夜のクルーズ、ただの観光で終わればいいのだけれど」
「……そうですね。救命胴衣の位置くらいは確認しておきますか」
夕方。
一行は大阪湾へ移動し、巨大な白い客船『プリンセス・マギア号』に乗船した。
全長200メートルを超える、海上のホテルだ。
デッキに出れば、夕日に染まる海が一望できる。
生徒たちは歓声を上げ、パーティー会場へと向かう。
しかし、誰も気づいていなかった。
船底のさらに下。暗い海の中を、音もなく忍び寄る黒い影――帝国の攻撃型潜水艦の存在に。
午後7時。
船が出港し、陸地が遠ざかった頃。
船内の照明が一瞬、フッと暗くなった。
「……来たか」
船室で荷解きをしていた蓮は、即座にガラケーを開いた。
画面には『船内LAN、外部から切断』の文字。
そして、廊下から悲鳴と銃声が響き渡った。
修学旅行は終わりだ。
ここからは、逃げ場のない海上でのサバイバル・ゲームが始まる。
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