第16話
競技会2日目の夜。
一高の勝利に沸くホテルの喧騒から離れ、九重蓮は一人、裏口のベンチで缶コーヒーを飲んでいた。
夜風が冷たい。
だが、それ以上に冷たい「殺気」が、周囲の闇から漂ってきていた。
「……何の用だ? アンタら」
蓮が虚空に向かって呟くと、暗がりから数人のスーツ姿の男たちが現れた。
学生ではない。
洗練された身のこなし。腰元に見え隠れする軍用魔導銃(ハンドガン)。
明らかに「プロ」の手合いだ。
「勘がいいな、少年。いや、今は『チーフ・エンジニア様』と呼ぶべきか」
男たちの中央から、一人の初老の紳士が進み出た。
仕立てのいいスーツに、銀縁眼鏡。
その胸には、三高のスポンサー企業である『トライデント・システムズ』の社章が輝いている。
「初めまして。私はトライデント開発局長の権藤(ごんどう)だ。……君の『魔改造』、興味深く拝見させてもらったよ」
権藤は蛇のような笑みを浮かべ、懐から小切手帳を取り出した。
「単刀直入に言おう。君が書いたOSのカーネルコード、我が社に売ってくれないか? 金額は言い値でいい。5億、いや10億でも構わんよ」
10億。
高校生が一生遊んで暮らせる金額だ。
だが、蓮は興味なさそうにコーヒーを啜った。
「……断る。あれは俺が妹とチームのために書いた専用コードだ。汎用性はないし、売るつもりもない」
「強情だな。だが、君のような才能が埋もれるのは惜しい。……なら、こうしよう。明日の決勝戦、一高の端末に『小さなバグ』を仕込んでほしい」
権藤の声色が低くなる。
「決勝の相手は、我が社の最新鋭機材を使う第三高校だ。彼らが勝てば、株価も上がる。……大人の事情、分かってくれるね?」
「八百長をしろってことか」
「ビジネスと言ってくれたまえ」
蓮はため息をつき、空になった缶をゴミ箱に投げ入れた。
カラン、という音が響く。
「……アンタらの作る製品(魔法)がつまらない理由が分かったよ」
「何?」
「カタログスペックと株価しか見てないからだ。……ユーザー(生徒)を見ろよ。技術屋ならな」
蓮は踵を返し、ホテルへ戻ろうとした。
その背中に、権藤の冷徹な声が浴びせられた。
「……交渉決裂か。残念だよ。これからの日本の技術革新(イノベーション)を担う若者が、ここで『事故』に遭うなんて」
ジャッ。
スーツの男たちが一斉に魔導銃を抜き、蓮に向けた。
サイレンサー付きの銃口が、月光に鈍く光る。
「消せ。……データだけ回収すればいい」
権藤が背を向け、歩き出す。
男たちが引き金に指をかけた、その瞬間。
「……やれやれ。これだから『旧世代』は」
蓮はポケットの中で、ガラケーのサイドボタンをカチリと押した。
ブォンッ!!
突然、男たちが装着していたARグラス(拡張現実メガネ)が強烈に発光した。
「ぐあぁっ!? 目が、目がぁっ!!」
「な、何だ!? 視界が真っ白に……!」
男たちが目を押さえてうずくまる。
彼らが使っていたのは、トライデント社製の最新戦術グラス。暗視や照準補正を行うハイテク機器だ。
蓮は、その制御システムにハッキングを仕掛け、ディスプレイの輝度を最大出力(フラッシュバン並み)で発光させたのだ。
「自分の会社の製品だろ? セキュリティホールくらい塞いでおけよ」
蓮は混乱する男たちの間を縫うように歩き、一人の手首をひねり上げて銃を奪い取った。
「き、貴様……!」
「動くな。……この銃、生体認証(バイオメトリクス)がかかってるが、俺なら3秒で解除して撃てるぞ」
蓮が銃口を権藤の背中に向ける。
権藤が凍りついたように立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「な……馬鹿な。外部からのハッキングだと? 我が社の暗号化技術は軍事レベルだぞ!?」
「その軍事レベルの回線を、アンタらが『裏口(バックドア)』として使ってたんだろうが」
蓮は冷たく言い放つ。
先日のラグ攻撃。あれを行うために、彼らはあえてセキュリティを緩めていた。蓮はその穴を見逃さなかっただけだ。
「……覚えておけ。明日の決勝、俺たちの端末に指一本でも触れてみろ。アンタの会社の裏帳簿、粉飾決算の証拠、全部ネットにバラ撒くぞ」
蓮がガラケーの画面を見せる。
そこには、トライデント社の極秘ファイル名がずらりと並んでいた。
「き……貴様ぁぁぁッ!!」
権藤の顔が怒りと恐怖で歪む。
たかが高校生に、巨大企業の運命を握られたのだ。
「……撤収だ! 行け! 行くぞ!」
権藤は捨て台詞を吐き、視界を奪われてよろめく部下たちを引き連れて、逃げるように去っていった。
その場に残された蓮は、奪った銃の弾倉を抜き、本体を草むらに放り投げた。
「……脅しは効いたか。だが、追い詰められた鼠は何をするか分からないな」
蓮は夜空を見上げた。
明日の決勝戦。
相手は、なりふり構わなくなった「大人たち」と、最新鋭の軍事兵器で武装したエリート集団。
まともな試合にはならないだろう。
「……上等だ。全部まとめて、デバッグしてやる」
蓮はガラケーを開き、ある人物にメールを送った。
宛先は『生徒会長・七瀬凛』。
件名は『明日の作戦変更について』。
本文はたった一行。
『リミッターを、全解除します』。
最強のエンジニアによる、最後の調整(チューニング)が始まろうとしていた。
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