第15話

フィールド上では、一高の敗北が決定的になろうとしていた。

 前衛の一条帝は傷だらけになり、後衛の九重桜も敵の弾幕に釘付けにされている。


「ハハハ! どうした一高! 動きが止まって見えるぞ!」


 三高の選手たちが嘲笑いながら魔法を撃ち込んでくる。

 0.5秒の遅延。

 それは、彼らにとって「止まった的」を撃つようなものだった。


 エンジニア席。

 九重蓮の指が、ガラケーのキーパッドの上で舞っていた。


(……敵の攻撃手法はDDoSに近い。大量の無意味なパケットを俺たちの通信ポートに送りつけ、処理落ちさせている)


 蓮の視界には、一高の回線に群がる「ゴミデータ」の奔流が、赤いヘドロのように見えていた。

 これを正規のフィルタリングで除去しようとすれば、CPUのリソースを食ってしまい、結局ラグは解消しない。


(なら、除去(デリート)する必要はない。……進路変更(リダイレクト)すればいいだけだ)


 蓮は冷徹にコードを記述していく。

 一高の端末に向かっている膨大なゴミデータ。

 そのすべての「宛先アドレス」を、書き換える。


「……ターゲット変更。送信先IPアドレス、第三高校チーム全端末」


 蓮はニヤリと笑い、決定キーを押し込んだ。


「プレゼントだ。受け取れ」


 ――実行(Enter)。


          ◇


 フィールド中央。

 帝は膝をつき、迫りくる「風の刃」を見つめていた。

 回避行動を取ろうとするが、体がイメージ通りに動かない感覚。

 (くそっ……終わりか……!)


 死を覚悟した、その瞬間だった。


 ピロンッ♪


 帝の端末から、軽快な通知音が鳴った。

 同時に、全身を縛っていた重い鎖が、弾け飛んだような感覚が走った。


「――え?」


 ドォォォォン!!


 風の刃が着弾し、爆煙が舞い上がる。

 三高の選手が勝利を確信してガッツポーズを取る。


「やったぜ! エース撃破……」

「……誰が撃破されたって?」


 煙の中から、無傷の帝が現れた。

 彼の周囲には、黄金色の防御障壁が完璧なタイミングで展開されていた。

 傷一つない。


「な、なんだと!? 直撃コースだったはずだぞ!」

「……軽い」


 帝は自分の手を握りしめた。

 軽い。恐ろしいほどに。

 さっきまでの泥沼のような遅延が嘘のように、思考した瞬間に魔法が発動している。

 いや、それどころか。


(さっきよりも速い……!? 予測演算が僕の思考を先読みして、アシストしてくれているのか!?)


 蓮の調整した「ブラック・ゼロ」の本領発揮だ。

 帝は獰猛な笑みを浮かべた。


「形勢逆転だ。……覚悟はいいか、三流ども」


 帝が地面を蹴る。

 速い。

 三高の選手が慌てて迎撃しようとする。


「ちっ、調子に乗るな! 迎撃しろ!」


 敵の前衛が火球を放とうとスマホを操作する。

 だが。


 ……シーン。


 何も起きない。

 火球が出現しない。


「あ、あれ? なんでだ? 発動しないぞ!?」

「こっちもだ! 通信エラーが出てる! 『パケット詰まり』だと!?」


 彼らは知らなかった。

 今まで一高を苦しめていた膨大なラグ用データが、今まさに「倍」になって自分たちの回線に殺到していることを。

 自業自得のサイバー自爆だ。


「隙だらけだぜ!」


 帝が肉薄する。

 至近距離からの爆炎魔法。

 敵は防御魔法を展開しようとするが、ラグのせいでシールドが出るのが遅れる。


「ぐわぁぁぁぁッ!!」


 三高の前衛二人がまとめて吹き飛んだ。


「なっ、何が起きている!? サーバーはどうなってるんだ!」


 三高のエンジニア席では、顧問やスタッフがパニックに陥っていた。

 モニターが真っ赤な警告色に染まり、『回線負荷増大』『システムダウン寸前』の文字が点滅している。


「一高からのアクセス遮断ができません! 向こうの通信速度が異常です!」

「馬鹿な! あのポンコツ機材で何をしたと言うんだ!」


 彼らが狼狽えている間にも、フィールドの狩りは続いていた。


「――ロックオン。さようなら」


 瓦礫の上。

 九重桜が、冷ややかな瞳で敵のスナイパーを見下ろしていた。

 彼女の指先から、レーザーのような細い氷の矢が放たれる。


 ヒュンッ!


 敵は反応すらできなかった。

 通信遅延で画面がカクついている間に、眉間を撃ち抜かれ(※競技用のショック判定)、その場に崩れ落ちた。


「残るはリーダーだけか」


 帝が敵陣の奥深く、石碑(モノリス)の前で震えている最後の敵を見据える。


「ま、待て! タイム! 機材トラブルだ!」

「問答無用」


 帝と桜、二人の魔法が同時に放たれた。

 炎と氷の螺旋が、敵選手ごと石碑を飲み込む。


 ズガァァァァァァン!!


 石碑が粉砕され、VICTORYの文字が空中に投影された。

 圧倒的な逆転劇。

 スタジアムが一瞬の静寂の後、大歓声に揺れた。


          ◇


 エンジニア席。

 蓮は静かにガラケーを閉じた。


「……ふぅ。掃除完了」


 隣で見ていた凛が、呆れたように、しかし楽しげに笑った。


「あなた、何をしたの? 最後、三高の選手たちがマネキンのように棒立ちになっていたけれど」

「ただの『鏡』を置いただけですよ」


 蓮は肩をすくめた。


「彼らが投げつけてきたゴミを、親切に返却してあげたんです。送料は向こう持ちでね」

「ふふっ、性格が悪いわね。……最高よ」


 フィールドから戻ってきた帝と桜が、蓮の元へ駆け寄ってくる。

 帝は興奮しすぎて、蓮の胸ぐらを掴まんばかりの勢いだ。


「おい九重! 今のあれ、なんだ!? 急に体が軽くなったぞ! 魔法ってあんなに速く撃てるものなのか!?」

「お前の潜在能力を引き出しただけだ。……あと、三高の回線が勝手にパンクしたみたいだな」

「ハハッ! ざまぁみろだ! 最高の気分だぜ!」


 桜も頬を紅潮させ、蓮の手を握りしめる。


「兄様……私、感じました。兄様が私の背中を押してくれているのを。……兄様のコードの中で踊っているみたいでした」

「……詩的な表現はやめろ。ただの通信最適化だ」


 一高の快進撃は止まらない。

 「魔改造されたポンコツ端末」と「見えないハッカー」の存在は、大会の台風の目となりつつあった。

 だが、この勝利が、さらなる闇――軍需産業と結託した「大人たち」の本気を呼び覚ますことになるとは、まだ誰も知らなかった。


 蓮のガラケーに、非通知の着信が入るまでは。

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