第13話

競技会初日、予選ラウンド終了。

 結果は、一高の圧勝だった。

 「産業廃棄物」と揶揄された端末を使いながら、一条帝と九重桜が大会新記録を連発したことは、メディアや他校に強烈なインパクトを与えていた。


 その夜。

 選手団が宿泊するホテルの最上階にある高級焼肉店『ドラゴ・ミート』のVIPルームに、香ばしい匂いが充満していた。


「――いいか九重! 勘違いするなよ!」


 一条帝が、トングをカチカチと鳴らしながら叫んだ。

 目の前の網の上では、霜降りのA5ランク和牛がジュウジュウと音を立てている。


「僕はお前を認めたわけじゃない! ただ、あのポンコツ端末をあそこまで仕上げた『整備の腕』に対して、正当な対価を支払っているだけだ!」

「……はいはい。いただきます」


 九重蓮は帝の演説を無視し、焼けたばかりの肉をタレにくぐらせ、口に放り込んだ。

 とろける脂の甘み。炭火の香り。

 コンビニパンばかりの生活を送る蓮にとって、久々の贅沢だ。


「……美味い」

「ふん、当たり前だ! ここは一条グループの系列店だからな。一般庶民には予約すら取れない名店だぞ!」


 帝は鼻高々に言うと、自分も肉を頬張り、恍惚の表情を浮かべた。

 今日の彼は上機嫌だ。

 それもそのはず、予選での彼のパフォーマンスは完璧だった。


「……正直、驚いたよ」


 帝がグラスを傾けながら、珍しく真面目なトーンで言った。


「あの黒い端末……『ブラック・ゼロ』と名付けたが、あれを使っている時、僕は初めて『魔法と一体化』した気がした」

「一体化?」

「ああ。今までのゴールドモデルは、確かに高性能だった。だが、どこか『機械に使われている』感覚があった。……でも、お前が調整した端末は違う。僕が『撃ちたい』と思った瞬間には、もう魔法が発動している。……まるで、僕の手足が延長されたみたいだった」


 帝は自分の掌を見つめ、熱っぽく語る。

 蓮はサンチュに肉を巻きながら、淡々と答えた。


「それはお前の思考パターンに合わせて、入力予測アルゴリズムを組んだからだ。お前は攻撃的で、迷いがない。だから、安全装置(セーフティ)の遊びを極限まで削っても問題ないと判断した」

「……僕の性格まで計算に入れたと言うのか?」

「エンジニアなら当然だ。道具(ツール)は使い手に馴染んでこそ意味がある」


 蓮の言葉に、帝は少しだけ顔を赤らめ、視線を逸らした。


「……ふ、ふん! 生意気なことを! だが、まあ……礼は言っておく」


 帝は肉の乗った皿を、蓮の前にドンと押し出した。


「ほら、もっと食え! 明日の本戦でも働いてもらわないと困るからな! これはあくまで『燃料補給』だ!」

「……お前、典型的なツンデレだな」

「なっ、誰がツンデレだ! 僕は一条家の次期当主として、ノブレス・オブリージュを……」


 ギャーギャーと喚く帝。

 その横から、スッと箸が伸びてきて、帝の皿から肉を奪い去った。


「もぐもぐ……兄様、この部位も美味しいですよ。あーん」

「おい九重桜! それは僕が育てていたシャトーブリアンだぞ!」


 当然のように同席している桜が、帝を無視して蓮に肉を食べさせている。

 彼女の機嫌も上々だ。兄と同じ空間で、同じ釜の飯をつついているのだから。


「一条さん。兄様を食事に誘うなら、妹である私を通すのがスジでしょう。抜け駆けは感心しませんね」

「抜け駆けってなんだ! というか、なんでお前までついて来てるんだ!」

「兄様の管理者は私ですから。……それに」


 桜は箸を置き、蓮のグラスに水を注ぎながら微笑んだ。


「兄様の技術が、正当に評価されるのは……少しだけ、嬉しい気もします」

「……桜?」

「兄様はずっと、日陰に隠れていましたから。こうして表舞台のエリート(一条さん)に頼られている姿を見るのは、妹として誇らしいです」


 桜の素直な言葉に、蓮は居心地悪そうに頭をかいた。

 帝も毒気を抜かれたように口を噤む。


「……ちっ。分かったよ。お前の分も追加注文してやる」

「ありがとうございます。では特上カルビを5人前」

「食いすぎだ!」


 賑やかな夜。

 実演科と管理科。

 本来なら交わるはずのない身分の彼らが、同じテーブルを囲んでいる。

 それは、蓮の技術がつないだ、奇妙で新しい関係性だった。


          ◇


 宴が終わり、ホテルへの帰り道。

 夜風に当たりながら、帝が蓮の隣を歩く。


「……なあ、九重」

「ん?」

「明日の『モノリス・コード』。……三高は必ず何か仕掛けてくるぞ」


 モノリス・コード。

 魔法を使って相手チームの陣地にある「石碑(モノリス)」を破壊する、3対3のチーム戦だ。

 魔法戦闘の華であり、大会で最も盛り上がる種目である。


「奴らのバックには、軍需産業がついているという噂だ。今日の予選で恥をかかされた分、本戦では手段を選ばないはずだ」

「……だろうな」


 蓮も感じていた。

 予選中、観客席の三高エリアから向けられていた、粘着質な視線。

 そして、先ほどからホテルの周囲を飛び交っている、微弱な通信パケットの気配。


「勝てるか? 僕たちで」


 帝が不安そうに聞いてくる。

 蓮は夜空を見上げ、あくびをした。


「心配するな。俺がメンテナンスした端末だぞ?」

「……!」

「バグも、妨害も、全部俺が弾いてやる。お前は前だけ見て、魔法をぶっ放せばいい」


 蓮の言葉に、帝は目を見開き、そしてニッと不敵に笑った。


「……ハッ、言ってくれるな。頼りにしているぞ、チーフ!」


 帝が拳を突き出してくる。

 蓮はため息をつきつつ、その拳に自分の拳を軽く合わせた。


 ――だが。

 その頃、ホテルの地下駐車場では、三高のジャージを着た工作員たちが、一高の移動バスに細工を施していた。

 さらに、通信回線には「ジャミング」を超える、より悪質な罠が仕掛けられようとしていた。


 高級焼肉の余韻はここまで。

 翌日、競技場は電子の嵐に見舞われることになる。

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