第12話

8月。

 サイバー魔法競技会(CMG)の予選会場となる巨大スタジアムは、熱気と殺気で満ちていた。

 だが、一高の控え室だけは、お通夜のような空気が漂っていた。


「……ふざけるな! なんだこのゴミは!」


 一条帝が、支給された端末を床に叩きつけそうになって踏み止まる。

 彼の手に握られているのは、運営から渡された大会公式端末『Type-Zero』。

 プラスチック製の安っぽい筐体に、傷だらけの画面。


「起動に40秒もかかる! しかも、アプリを2つ開いただけで処理落ちするぞ! こんなので戦えって言うのか!?」

「……私の魔力だと、接続した瞬間に回路が焼き切れそうです」


 桜も困り果てた顔をしている。

 他の一高の選手たちも同様だ。

 この端末は、一般市場ですら数年前に淘汰された「産業廃棄物」レベルの代物だった。


「ハハッ! 見ろよ一高の連中、顔面蒼白だぜ!」


 廊下から下卑た笑い声が聞こえる。

 ライバル校である「第三高校」の選手たちだ。

 彼らの手にある端末は、同じ『Type-Zero』のはずだが、どこか新品のように艶やかだ。


「運が悪かったな、一高。今年の機材抽選は厳正なるクジ引きだからな。……まあ、整備不良の機材が回ってくることもあるさ」

「そういうことだ。精々、予選落ちしないように頑張れよエリート様!」


 三高の連中が去っていく。

 明らかに仕組まれている。

 運営委員会に食い込んでいる三高のOBたちが、一高にだけ質の悪い「ハズレ個体」を回したのだ。


「くそっ……卑怯な真似を!」

「抗議しましょう! こんなの競技になりません!」

「無駄だ。規定上、支給された端末以外は使えない」


 絶望する選手たち。

 だが、部屋の隅で、九重蓮だけが淡々と工具箱を開いていた。


「……騒ぐな。耳障りだ」


 蓮は帝の手から端末をひったくると、ドライバーで裏蓋を開けた。


「しょせんは機械だ。動かないなら、動くようにすればいい」

「無理だろ! ハードウェアの性能が低すぎるんだ!」

「ハードの限界は、ソフトで超えられる。……貸してみろ」


 蓮は自分のガラケーと、Type-Zeroをケーブルで直結した。

 そして、エンジニアモードを起動する。


(……酷いな。メーカー純正のプリインストールアプリ(ゴミ)が山ほど入ってる。バックグラウンドで無駄な通信もし放題だ)


 メーカーが小銭稼ぎのために入れた広告アプリや、使わない便利機能。それらがメモリを食いつぶしている。

 蓮は容赦なく削除キーを叩いた。


「――余計な機能は全部捨てる。OSのGUI(グラフィック)も最低限にする。通信プロトコルも、独自仕様に書き換える」


 カチカチカチカチッ!!


 神速のタイピング。

 画面上のコードが、目にも留まらぬ速さで書き換わっていく。


「九重……お前、何を……」

「黙って見てろ。……3、2、1。再起動(リブート)」


 蓮がエンターキーを押すと、端末の画面が一瞬ブラックアウトし、次の瞬間、シンプルな黒背景に文字だけの起動画面が表示された。

 その起動時間、わずか0.5秒。


「は……? 速っ!?」

「嘘だろ!? さっきまで40秒かかってたのに!」


 蓮は端末を帝に投げ返した。


「セーフティリミッターは解除した。CPUのクロック数は限界まで上げている。バッテリーの減りは早いが、予選の10分間なら持つはずだ」

「リ、リミッター解除だと!? そんなことしたら熱暴走して……」

「しない。冷却ファンの回転数を動的に制御するプログラムを組んだ。……試してみろ」


 帝は半信半疑で端末を握った。

 そして、恐る恐るいつもの火炎魔法を起動する。


 シュボッ!

 帝が「起動」と念じるよりも早く、掌の上に炎が出現した。


「なっ……!?」


 帝が目を見開く。

 速い。いや、速すぎる。

 思考と魔法の発動にラグがない。まるで端末が自分の神経と直結したかのような感覚。


「す、すげぇ……! なんだこれ!? 僕のゴールドモデルより反応がいいぞ!」

「マジかよ! 俺のもやってくれ!」

「私のもお願いします!」


 選手たちが蓮に殺到する。

 蓮は「列を作れ、順番だ」と面倒くさそうに言いつつ、次々と端末を「魔改造」していった。


          ◇


 そして、予選第1ラウンド。

 種目は「スピード・シューティング」。

 次々と出現するターゲットを、魔法でどれだけ速く破壊できるかを競う競技だ。


「第一走者、三高のエース!」


 三高の生徒がドヤ顔で魔法を放つ。

 記録は1分20秒。かなりの好タイムだ。


「へっ、見たか! ボロ端末の一高にこのタイムは出せまい!」

「次は一高、一条帝!」


 帝がフィールドに立つ。

 手には、蓮によって黒く塗装され(※余計なロゴを塗りつぶした)、無骨になったType-Zero。


「……見せてやるよ、ジャンクの最高傑作を」


 開始のブザーが鳴る。

 その瞬間、帝の腕がブレた。


 ドォォォォォン!!


 一発の巨大な火球ではない。

 数十発の火炎弾が、マシンガンのような連射速度で放たれたのだ。


「なっ!?」


 ターゲットが出現した瞬間に破壊されていく。

 照準補正アプリすら不要。端末のレスポンスが良すぎて、帝の反射神経がそのまま魔法に反映されているのだ。


「はははッ! 見える! 指が吸い付くようだ!」

「記録……45秒!! 大会新記録です!!」


 会場が静まり返り、次の瞬間、爆発的な歓声に変わった。

 三高の陣営は口をあんぐりと開けている。


「ば、馬鹿な!? あのポンコツ機材でなんであんな出力が出るんだ!?」

「不正だ! 改造してるに違いない!」


 すぐに審判団による機材チェックが入った。

 だが。


「……ハードウェアの改造形跡なし。使用されている部品は全て規定のものです」

「そ、そんな……」


 蓮はOSの中身(ソフト)を書き換えただけで、ハードには一切手を加えていない。

 審判も「OSの軽量化」までは禁止していなかった(まさか短時間で独自のカーネルを組む高校生がいるとは思わなかったからだ)。


 帝が戻ってきて、蓮の肩をバンと叩いた。


「よくやったぞ九重! 最高だ! この端末、僕に売ってくれ!」

「断る。大会が終わったら廃棄処分だ」


 続いて出場した桜も、その圧倒的な魔力制御でターゲットを氷漬けにし、さらに記録を更新した。

 一高の独壇場だ。


 スタンドの観客席。

 生徒会長の七瀬凛が、満足げに微笑んでいた。


「ふふっ、さすがね。腐った素材ほど美味しく料理する……最高のシェフだわ」


 予選は大波乱の幕開けとなった。

 「鉄屑」と呼ばれた端末が、最新機種を凌駕するスペックでフィールドを蹂躙する。

 それは、魔力ゼロのエンジニアが世界に叩きつけた、技術という名の挑戦状だった。

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