第11話
季節は初夏を迎えていた。
テロ事件の爪痕も消え、国立高度魔法技術高校(一高)には、再び平和な日常が戻っていた。
だが、その平和は長くは続かない。
学園中が色めき立つ、年に一度のビッグイベントが迫っていたからだ。
「――来たる8月。全国9つの魔法科高校が威信をかけて競い合う、『全国高校サイバー魔法競技会(CMG)』が開催されます」
全校集会。
ステージ上で、生徒会長の七瀬凛が宣言すると、講堂は割れんばかりの歓声に包まれた。
CMG。
それは魔法を使ったスポーツ、レース、そしてバトルを行う、現代における「魔法のオリンピック」だ。
その模様は全国ネットで生中継され、活躍した選手はプロリーグや軍からスカウトされる。
実演科(プレイヤー)の生徒にとっては、人生を決める最大の晴れ舞台である。
「今年の一高のスローガンは『王座奪還』。ライバルである三高を倒し、優勝旗を持ち帰るのが私たちの使命です」
凛の視線が、最前列のエリートたちを舐めるように動く。
「つきましては、代表選手を発表します。……1年、九重桜」
「はい!」
桜が凛とした声で返事をして立ち上がる。
当然の選出だ。彼女の実力はすでに学園内でも伝説となりつつある。
「同じく1年、一条帝」
「ふっ、任せてくれ。僕の華麗な魔法で観客を魅了してやるさ」
帝も自信満々に髪をかき上げる。
テロ事件以降、彼は少しだけ謙虚になった(ような気がする)が、目立ちたがり屋な性格は変わっていない。
次々と名前が読み上げられていく。
当然だが、呼ばれるのは実演科のエリートばかりだ。
2階席の管理科(キーパー)たちは、それを指をくわえて見ているしかない。自分たちは、せいぜい彼らの荷物持ちか、応援団だと思っているからだ。
「――そして」
凛が言葉を切り、ニヤリと笑った。
その視線が、正確に2階席の隅――あくびを噛み殺していた九重蓮を射抜いた。
「選手たちの端末調整を行う『チーフ・エンジニア』を発表します。……1年E組、九重蓮くん」
……は?
蓮のあくびが止まった。
会場が一瞬静まり返り、次の瞬間、どよめきが爆発した。
「えっ!? 管理科の1年がチーフ!?」
「嘘だろ!? 普通は3年の先輩がやる役職だぞ!」
「あいつ、テロの時に活躍したって噂の……」
「でも『廃材(ジャンク)』だろ? 大丈夫なのかよ」
数千人の視線が蓮に突き刺さる。
蓮は頭を抱えた。
(……あの女帝、やりやがったな)
◇
放課後、生徒会室。
蓮は凛のデスクに辞令書を叩きつけた。
「断ります。なんで俺がエリート様のお守りをしなきゃならないんですか」
「あら、不満なの? 特別手当も出るわよ?」
凛は優雅に紅茶を啜っている。
「手当の問題じゃありません。目立ちたくないと言ったはずです」
「無理ね。あなたはもう『時の人』よ。テロ事件で見せたあの手腕、放っておくほうが不自然だわ」
凛はカップを置き、真剣な表情になった。
「それに……今回は事情があるの。これを見て」
凛がホログラムウィンドウを表示する。
そこには、大会で使用される機材リストが表示されていた。
「今年から大会の規定が変わったの。『公平性を期すため、使用するデバイスは大会運営が支給するものに限る』とね」
「……なるほど。ワンメイクレースですか」
確かに、一条帝のように「金の力」で超高性能スマホを持ち込まれたら、勝負にならない。
だが、問題はその支給される機材だ。
「支給されるのは、3世代前の型落ちモデル『Type-Zero』。……通称『鉄屑』よ」
蓮はリストを見て絶句した。
CPUはロースペック、メモリはカツカツ、OSはサポート切れ寸前。
今の最新魔法アプリを動かせば、3分でフリーズする代物だ。
「運営委員会には、ライバル校である『三高』の息がかかった役員が多いの。……これは明らかに、ハイエンド機材に依存している一高潰しの工作よ」
凛が悔しそうに拳を握る。
一高の生徒は優秀だが、それは高性能な最新デバイスあってこそ。
弘法筆を選ばずと言うが、筆が折れていては字も書けない。
「そこであなたよ、九重くん。この『鉄屑』を、最新機種とも渡り合える名機にチューニングできるのは……この学園であなたしかいないわ」
蓮はリストを眺めた。
確かに酷いスペックだ。
だが、蓮のエンジニアとしての血が、少しだけ騒いだのも事実だった。
最新のブラックボックス化されたスマホよりも、こういう古い機材の方が、構造が単純で「改造」の余地がある。
「……お兄様」
背後から、桜が袖を掴んできた。
不安そうな瞳で見上げてくる。
「私、不安です。お兄様が整備してくれた端末じゃないと、全力を出せる自信がありません……」
「ふん。僕も同意見だ」
いつの間にか部屋にいた一条帝も、腕を組んで頷いた。
「あのオンボロ機材で全国放送に映るのは死活問題だ。……お前の腕なら、まあ、信用してやらなくもない」
「お前らな……」
妹の上目遣いと、ツンデレ御曹司の不器用な信頼。
そして、女帝からの挑戦状。
蓮は深いため息をつき、リストを手に取った。
「……分かりましたよ。引き受けます」
「ふふっ、そうこなくちゃ」
凛が勝者の笑みを浮かべる。
「ただし、条件があります。OSの中身を書き換える許可と、俺の『私物工具』の持ち込みを認めてください」
「ええ、全権を委任するわ。好きにやってちょうだい」
蓮はニヤリと笑った。
それは、普段の無気力な表情とは違う、凶悪な「技術屋(ハッカー)」の顔だった。
「いいでしょう。……見せてやりますよ。カタログスペックしか信じていない連中に、本物の『最適化』というやつを」
こうして、一高の命運は、魔力ゼロのエンジニアの手に委ねられた。
目指すは優勝。
武器は「鉄屑」と「ガラケー」。
最強の技術チートによる、下克上が始まろうとしていた。
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