第10話

地下3階、中央制御室。

 学園の心臓部であるこの場所は、不気味な赤い警告灯に染まっていた。


 部屋の中央に鎮座するのは、巨大なクリスタルタワー――「魔力動力炉」。

 普段は青白く輝いているはずのその柱が、今はどす黒い脈動を繰り返し、臨界点突破(メルトダウン)寸前の悲鳴を上げている。


「……趣味の悪いコードだ」


 九重蓮は、動力炉の制御パネルにガラケーを接続し、眉をひそめた。

 モニターに表示されているのは、複雑怪奇な幾何学模様。

 『論理爆弾(ロジックボム)』だ。


 条件を満たすと起動し、システムを内側から食い破る悪意あるプログラム。

 今回の発動条件は「12時15分」。

 現在時刻は、12時13分30秒。

 残り時間は、わずか90秒しかない。


(……自己増殖型のポリモーフィック(変異)コードか。通常のデバッグじゃ、いたちごっこで間に合わないな)


 蓮が修正パッチを当てようとすると、ウイルスは即座に形を変えて逃げていく。

 まるで生き物だ。

 このまま爆発すれば、蓄積された膨大な魔力が熱エネルギーに変換され、地上の一高は跡形もなく消滅する。


「……いいだろう。なら、物理層から書き換えるまでだ」


 蓮はポケットから、予備のケーブルを取り出した。

 そして、制御盤の横にある「緊急放送用マイク」のジャックに、強引にガラケーを接続した。


          ◇


 同時刻、1階講堂。

 テロリストを制圧し、安堵に包まれていた生徒たちだったが、再び異変が起きていた。


 ゴゴゴゴゴゴ……。

 地響きと共に、校舎全体が激しく揺れ始めたのだ。


「じ、地震か!?」

「違う! 魔力炉だ! 地下から凄い圧力を感じる!」


 感知能力に優れた生徒が悲鳴を上げる。

 床が熱を帯び始め、空間のあちこちでパチパチと静電気が走る。

 暴走の予兆だ。


「ま、まさか自爆する気か!?」

「嫌だ! 助けてくれぇぇ!」

「出口だ! 外へ逃げろ!」


 パニックが再燃し、生徒たちが狭い出口へと殺到する。

 将棋倒しになりそうな混乱の中、一条帝が声を張り上げた。


「落ち着け! 今外に出たら、結界の誤作動で消し炭になるぞ!」


 だが、恐怖に駆られた群衆は止まらない。

 その時。


『――あー、テステス。マイクテスト』


 校内放送のスピーカーから、気だるげな男の声が響いた。

 ノイズ混じりのその声に、全員が足を止める。


「誰だ?」

「放送室か? 何を言ってるんだ?」


 桜だけが、ハッとして天井を見上げた。


(兄様……!)


『えー、現在、地下の暖房設備がちょっと故障して暴走しています。サウナ状態になる前に直しますので、その場を動かないように』


 嘘八百の放送。

 だが、その声には不思議な安心感があった。

 いや、安心感ではない。

 絶対的な「管理者」としての響きが含まれていた。


『ちっとばかし耳障りな音が流れますが、我慢してください。……では、再生(プレイ)』


 直後。

 キィィィィ――ガガガガガピィィィィ――!!


 スピーカーから、鼓膜を引っ掻くような電子音が大音量で流れた。

 昔のインターネット接続音(モデム音)を、何万倍にも増幅したような「データの奔流」だ。


「うわっ、うるせえ!」

「なんだこの音! 頭が割れる!」


 生徒たちが耳を塞ぐ。

 だが、魔力感知に優れた者たちは気づいていた。

 その「音」に乗せて、凄まじい密度の「術式コード」が散布されていることに。


 音波として空気中に放出された修正パッチは、校舎内のマナ素子と共振し、物理的に空間を書き換えていく。


 地下からの熱気が引いていく。

 揺れが収まる。

 そして、校舎全体を包むように、淡い青色の光の膜――「システム修復結界」が展開された。


 数秒後。

 不快な電子音が止み、静寂が訪れた。


『……はい、修理完了です。午後の授業は通常通り行われると思いますので、予習でもして待っていてください』


 プツッ。

 放送が切れた。


 呆気に取られる生徒たち。

 だが、スマホを確認すると、そこには驚くべき通知が来ていた。


『システムオールグリーン。環境最適化、完了』

『バッテリー残量、回復』

『ウイルス検知なし』


「な、直った……?」

「誰だか知らないけど、助けてくれたのか?」

「すげえ……あの音だけで、暴走を止めたのかよ」


 歓喜の声が上がる。

 その中心で、桜は胸の前で手を組み、うっとりとスピーカーを見つめていた。


「ああ……なんて素敵な兄様の『歌声(データ)』……録音しておけばよかった……」


 隣で聞いていた帝が、引きつった顔で桜を見た。

 

「……あれを歌と呼ぶのは、世界でお前だけだぞ、九重」


          ◇


 地下制御室。

 蓮は、完全に沈黙し、正常稼働に戻った動力炉の前で、大きく伸びをした。


「……ふあぁ。終わった終わった」


 論理爆弾のコードは、蓮が放送波に乗せて送った「上書きプログラム」によって、無害な環境音楽データに変換されて消滅した。

 ついでに、動力炉の余剰エネルギーを学園の結界強度に回したので、セキュリティも強化されたはずだ。


「これで残業代3倍は確定だな」


 蓮はガラケーを回収し、誰にも見つからないように裏口から脱出した。


 数分後。

 警察や救急隊が到着し、学園は騒然となる。

 だが、事件を解決した「謎のハッカー」の姿はどこにもなかった。


 教室に戻った蓮は、何食わぬ顔で机に突っ伏して寝たふりをしていた。


「お兄様っ!」


 講堂から戻った桜が、涙目で飛びついてくる。


「ご無事でしたか! ああ、心配しました!」

「……ん? ああ、桜か。うるさかったな、さっきの放送」

「兄様はずっとここに?」

「トイレに隠れてた。怖くて出られなかったよ」


 蓮は棒読みで嘘をついた。

 桜はそれを疑うこともなく(あるいは分かっていて)、強く抱きしめる。


「いいのです。兄様が生きていてくれれば、世界なんてどうでもいいのです」


 クラスメイトたちも戻ってくる。

 皆、興奮冷めやらぬ様子で「謎の声の主」について議論しているが、まさかそれが、教室の隅で寝ている「廃材(ジャンク)」だとは夢にも思っていない。


 ただ一人を除いて。


 教室の入り口。

 視察に来た生徒会長、七瀬凛が、蓮を見て妖艶に唇を舐めた。


「……トイレに隠れてた、ね。随分と大規模なトイレ掃除だったみたいじゃない」


 彼女の手には、地下室に残されていた「音声データのログ」が入ったタブレットが握られている。


「貸しイチ、ね。九重くん」


 蓮は顔を伏せたまま、小さくため息をついた。

 どうやら、平穏な高校生活(モブライフ)への道は、限りなく険しいようだ。


 こうして、テロリスト集団「ジェイルブレイク」による一高襲撃事件は、一人の死者も出すことなく幕を閉じた。

 だが、これはまだ始まりに過ぎない。

 蓮のガラケーには、すでに新たな脅威――他校との対抗戦「サイバー魔法競技会」への招待状が届こうとしていた。

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