第9話

学園の大講堂。

 普段は入学式や全校集会に使われるその場所は、今や巨大な監獄と化していた。


 逃げ遅れた約500名の生徒たちが、床に座らされ、怯えた表情で身を寄せ合っている。

 ステージ上には、武装したテロリストたちが仁王立ちし、銃口を生徒たちに向けていた。


「騒ぐな! 動いた奴から撃つぞ!」


 リーダー格の男が怒鳴り散らす。

 ステージの中央には、黒い箱型の巨大な装置が設置されていた。

 広域ジャミング装置だ。

 こいつが不快な低周波を放ち続けている限り、この講堂内では一切の魔法が使えない。


「くそっ……! 魔法さえ使えれば……!」


 生徒の最前列で、一条帝が悔しそうに唇を噛んでいた。

 彼の自慢の黄金スマホも、今はただの文鎮だ。

 隣に座る九重桜も、俯いたまま小刻みに震えている。


「おい、そこの銀髪の女」


 リーダーの男が、桜の美貌に目をつけ、下卑た笑みを浮かべて近づいてきた。


「一高のマドンナ、九重桜だな? 噂通りの上玉だ。……おい、顔を上げろ」


 男が桜の顎を銃口で強引に持ち上げさせる。

 桜がゆっくりと顔を上げた。

 その瞳を見た瞬間、男はヒッ、と息を呑んで後ずさった。


 桜の瞳には、恐怖も絶望もなかった。

 あるのは、底なしの「殺意」と、煮えたぎるような「焦燥」だけ。


「……10分」


 桜が小さな声で呟いた。


「あ? なんだ?」

「兄様と離れ離れになって、10分が経過しました。……私の精神安定(メンタル)限界まで、あとわずかです」


 桜の周囲で、空気がピリピリと歪む。

 ジャミング下であるにも関わらず、彼女の規格外の魔力が漏れ出し、周囲の温度を急激に下げていく。

 床がパキパキと凍り始めた。


「な、なんだコイツ!? ジャミングが効いてないのか!?」

「化け物か!? 撃て! 見せしめに殺せ!」


 男が狼狽して引き金に指をかける。

 だが、桜は虚ろな目で笑った。


「邪魔をするなら、この講堂ごと凍らせてあげます。……全員、氷の像になりなさい」


 制御不能の暴走(メルトダウン)。

 桜を中心にして、致死性の冷気が爆発しようとした、その瞬間だった。


『――待て、桜。ハウスだ』


 講堂内のスピーカーから、ノイズ混じりの冷静な声が響いた。

 同時に、桜のスマホがブブブッと震え、彼女の魔力暴走が強制的に鎮静化された。


「……っ! あ、兄様!?」


 桜の瞳にハイライトが戻る。

 声の主は、もちろん九重蓮だ。


『まったく。少し目を離すとすぐに暴れる。……そこは換気が悪いから、頭を冷やせ』


 ステージ袖の暗闇。

 2階席のキャットウォークに、蓮が潜んでいた。

 彼はガラケーを操作し、講堂の音響システムと、敵のジャミング装置にハッキングを仕掛けていたのだ。


「誰だ! どこにいる!」


 リーダーが銃を乱射する。

 蓮は身を隠しながら、ガラケーのキーを弾いた。


「さて、まずはその耳障りな雑音(ジャミング)を消すか」


 蓮は、ジャミング装置が発している周波数を解析済みだった。

 彼は音響システムを操作し、スピーカーから「逆位相」の音波を出力させた。


 キィィィィン……プツッ。


 ノイズキャンセリングの原理だ。

 プラスとマイナスの波が衝突し、ジャミング波が相殺される。

 さらに、蓮は装置の冷却ファンを逆回転させ、内部回路をショートさせるコマンドを送った。


 ボンッ!!


 ステージ上の黒い箱が、火花を散らして爆発した。


「な、なんだと!? ジャミングが停止した!?」

「装置が燃えてるぞ! どうなってる!」


 静寂が戻る。

 そして次の瞬間、生徒たちの手元のスマホが一斉に光を取り戻した。

 『圏外』の文字が消え、アンテナが最大まで立つ。


 オンライン。

 魔法接続、完了。


「……あ、あはは。繋がった。兄様と、サーバーと、繋がった……♡」


 桜が恍惚の表情で立ち上がる。

 その背後に、巨大な氷の結晶陣が展開された。

 もはや抑える必要はない。兄からの「GOサイン」が出たのだ。


「よくも……兄様とのランチタイムを邪魔してくれましたね」


 桜がスマホを振る。


「極大氷結魔法――『ニブルヘイム・コキュートス』」


 ドゴォォォォォォン!!


 講堂内が一瞬で極寒の地獄へと変わった。

 ステージ上のテロリストたちが、悲鳴を上げる間もなく、一瞬にしてカチンコチンの氷像へと変えられていく。

 銃も、装備も、表情も、すべてが氷の中に封じ込められた。


「ひ、ひぃぃぃッ!?」


 生き残った数人が逃げようとするが、今度は客席から無数の火球が飛んできた。


「やってくれたな、三流テロリスト風情がぁぁッ!」


 一条帝だ。

 彼もまた、復活した黄金スマホを掲げ、怒りの炎を撒き散らしている。


「僕をコケにした罪、万死に値する! 燃え尽きろ!」

「そうだ! やっちまえ!」

「俺たちの魔法を見せてやる!」


 人質だったはずの500人の魔法師見習いたちが、一斉に反撃を開始した。

 それはもう、戦闘ではない。

 一方的なリンチであり、ストレス発散の虐殺ショーだった。


          ◇


「……やれやれ。加減を知らない連中だ」


 キャットウォークの上で、蓮は眼下の惨状を見下ろして肩をすくめた。

 テロリストたちは全員、氷漬けか黒焦げになり、再起不能だ。

 これで講堂の制圧は完了した。


『――こちら風紀委員長。九重、聞こえるか?』


 インカムから神宮寺の声が届く。


「聞こえてますよ。講堂は制圧しました。……というか、生徒たちが暴れすぎて収拾がつかないので、そちらで回収をお願いします」

『ははっ、さすがだな。……だが、まだ終わりじゃないぞ』


 神宮寺の声色が低くなる。


『捕らえた実行犯の端末を解析した。……奴らの狙いは、生徒の人質じゃない。地下にある「学園のメイン動力炉」だ。そこに時限式の論理爆弾(ロジックボム)が仕掛けられている』

「動力炉……?」


 この学園の地下には、都市全体の魔法サーバーを支える巨大な魔力炉がある。

 もしそれが暴走すれば、学園どころか、東京の一区画が消し飛ぶ大惨事になる。


『爆発まで、あと15分だ。……解除できるか、天才エンジニア様?』


 蓮は視線を講堂から外し、地下へのルートを確認した。

 15分。

 正規の手順でコードを解読していたら間に合わない。


「……ギリギリですね。残業代、3倍で請求しますよ」

『成功したら、私のキスマークもつけてやる』

「それは結構です」


 蓮はガラケーを閉じ、キャットウォークを走った。

 騒乱の講堂で、勝利に沸く生徒たち。

 その中心で、桜だけがキョロキョロと兄の姿を探していた。


(ごめん、桜。もう少し待ってろ)


 蓮は心の中で詫びつつ、最後の戦場――地下サーバールームへと向かった。

 そこで待つのは、かつて自分と共に魔法OSを開発した、裏切り者の「元同僚」かもしれないという予感を抱きながら。

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