第8話

午前11時58分。

 国立高度魔法技術高校の昼休みは、穏やかな喧騒に包まれていた。

 カフェテリアでは生徒たちが談笑し、中庭ではカップルが並んで歩いている。


 だが、その日常の裏側で、1年E組の教室にいる九重蓮だけが、ガラケーの画面に表示されたカウントダウンを静かに見つめていた。


『残り、60秒』


「……お兄様、本当にお昼ご飯を食べなくてよろしいのですか?」


 隣の席で、桜が心配そうにサンドイッチを差し出してくる。

 蓮は首を横に振った。


「あとで食う。……桜、スマホの回線を『有線モード』に切り替えておけ。それと、俺から離れるなよ」

「はい! 一生離れません!」

「物理的な意味だ」


 蓮はため息をつき、ポケットの中でスタンガン(護身用)のグリップを握りしめた。

 昨夜手に入れた情報によれば、敵の狙いは正午ジャスト。

 手口は、サイバー攻撃と物理侵入の同時多発テロだ。


『10、9、8……』


 秒読みが進む。

 教室の前方では、一条帝が取り巻きたちに自慢話をしていた。


「見てろよ、今度の実技試験では僕の新魔法で……」


『3、2、1……』


 蓮が呟いた。


「――時間だ(ゼロ)」


 キィィィィィィィン……!!


 正午のチャイムと同時に、鼓膜を圧迫するような不快な高周波音が学園全体を覆った。

 それは音ではない。

 広帯域の「通信妨害波(ジャミング)」だ。


「うわっ!? なんだ!?」

「スマホが……圏外になった!?」

「アプリが起動しない! サーバーエラーだ!」


 教室中から悲鳴が上がる。

 現代魔法は、サーバーとの通信が命綱だ。ジャミングによって回線を遮断されれば、どんなに優秀な魔法師も、ただのスマホを持った一般人に成り下がる。


「くそっ、なんだこれは! 僕のゴールドモデルが繋がらないぞ!」


 一条帝が焦ってスマホを振るが、画面には『No Signal』の文字が無情に点滅するだけだ。


 その混乱に追い打ちをかけるように、校内放送がジャックされた。


『――ごきげんよう、エリート諸君』


 ノイズ混じりの、機械加工された声。

 教室のスピーカーから、そして生徒たちのスマホ画面に強制割り込みで、仮面をつけた男の映像が映し出される。


『我々は「ジェイルブレイク」。この学園は、たった今より我々が占拠した。抵抗する者は容赦なく排除する』


 ドォォォォォン!!


 放送と同時に、遠くで爆発音が響いた。

 窓の外、校門付近から黒煙が上がっているのが見える。


「ば、爆発!? テロだ!」

「嘘だろ!? 警察は!?」

「通報できない! 電波がないんだ!」


 パニックが伝染する。

 泣き出す女子生徒、出口へ殺到する男子生徒。

 その混沌の中で、蓮だけが冷静にガラケーを操作していた。


(……広域ジャミングか。古典的だが、魔法依存度の高いこの学校には効果覿面だな)


 蓮のガラケーは、軍用の特殊周波数帯を使用しているため、市販のジャミング装置程度では阻害されない。

 画面には、校内の監視カメラ映像が表示されている。


(正門から武装集団が侵入。数は約30名。……別動隊が裏口からサーバー室へ向かっているな)


 狙いは分かっている。

 彼らは学園のメインサーバーを物理的に制圧し、魔法システムの人質を取る気だ。


「……桜。ここで待機だ。俺の結界コードを置いていく」

「えっ? お兄様、どこへ?」

「ちょっと、ネズミ退治にな」


 蓮は桜のスマホと自分のガラケーを一瞬接触させ、防衛プログラムを転送すると、騒乱に紛れて教室を抜け出した。


          ◇


 校舎1階、北廊下。

 そこは、地下のメインサーバー室へと続く唯一のルートだ。


 迷彩服に身を包み、自動小銃型の魔道具(アサルト・キャスト)を構えた3人の男たちが、無言で進んでいた。

 ジェイルブレイクの精鋭部隊だ。


「……ジャミングは正常に作動中。生徒たちは無力化されています」

「ああ。楽な仕事だ。魔法が使えない学生なんて、カカシ以下の存在だからな」


 リーダー格の男が冷笑する。

 彼らの武器は、通信を必要としない「スタンドアローン型」の違法魔道具だ。

 一方的な虐殺が可能である。


「ターゲットのサーバー室まで、あと50メートル。……ん?」


 男が足を止めた。

 廊下の真ん中に、一人の学生が立っていたからだ。

 作業着姿の、ひ弱そうな少年。九重蓮だ。


「……ここは立ち入り禁止だぞ、おじさんたち」


 蓮はポケットに手を突っ込んだまま、やる気なさそうに告げた。

 男たちは顔を見合わせ、鼻で笑った。


「なんだこのガキは。逃げ遅れか?」

「おいボウズ。死にたくなければ失せろ。今なら見逃してやる」

「それはこちらの台詞だ」


 蓮は一歩も引かない。


「この先には、俺が徹夜で組んだサーバー冷却システムがあるんだ。土足で踏み込まれると、掃除が面倒なんだよ」

「……殺せ」


 リーダーが短く命じた。

 部下の一人が魔導銃を構え、引き金を引く。


 バシュッ!


 圧縮された空気弾が発射される。

 だが、蓮は動かない。

 弾丸が蓮に当たる直前、廊下の天井からスプリンクラーの水が一斉に噴き出した。


 バシャアアアアッ!


「なっ!? スプリンクラー!?」


 大量の水幕が弾丸の軌道をわずかに逸らし、蓮の頬を掠めて壁に穴を開けた。

 男たちが怯んだ隙に、蓮はガラケーのキーを弾いた。


「――トラップ起動」


 バチバチバチッ!!


 廊下の床に撒かれた水に、青白い電流が走った。

 天井の照明配線をショートさせ、水を伝導体として広範囲に高電圧を流したのだ。


「ぎゃあああああっ!?」

「か、感電……ッ!?」


 男たちが痙攣し、その場に倒れ込む。

 彼らが持っていた電子制御式の魔導銃も、過電流でショートし、煙を上げて機能を停止した。


「……旧式のトラップだが、最新の装備にはよく効くな」


 蓮はゴム底の安全靴を履いているため、感電しない。

 水浸しの廊下を悠々と歩き、痙攣しているリーダーの男を見下ろした。


「き、貴様……魔法も使わずに……」

「魔法? ああ、便利なアプリのことか。そんなものに頼るから、足元を掬われるんだ」


 蓮は男の胸ポケットから通信端末を抜き取った。


「環境を利用するのは戦術の基本だ。……さて、こいつから本隊の位置情報を貰うとするか」


 その時。

 倒れていた部下の一人が、最後の力を振り絞ってナイフを取り出し、蓮の足に飛びかかろうとした。


「死ねぇぇッ!」

「……学習しないな」


 蓮は視線すら向けず、ガラケーの側面にある緊急ボタンを押した。

 廊下の壁に設置されていた消火栓のホースが、蛇のように暴れ出し、高圧の水流を男の顔面に直撃させた。


 ドォォォン!!


 男は水圧で吹き飛び、壁に叩きつけられて気絶した。

 物理演算と設備ハッキングの合わせ技だ。


「はい、掃除完了」


 蓮は端末を操作し、神宮寺へ通信を入れた。


『こちら風紀委員長。状況はどうだ、九重』

「別動隊3名を無力化しました。サーバー室へのルートは確保済みです。……そちらは?」

『ああ、こっちも激戦だ。ジャミングのせいで一般生徒がパニックになってやがる。お前の指示通り、アナログ無線で連携を取ってるが……』


 通信の向こうで、爆発音と神宮寺の怒号が聞こえる。

 状況は芳しくないようだ。


「……分かりました。今からジャミング発生源を叩きます。場所の特定は済みましたか?」

『ああ。敵の本隊は、どうやら「講堂」に陣取ってるらしい。人質を集めて立て籠もる気だ』


 講堂。

 全校生徒の半数が避難している場所だ。


「了解。……急ぎましょう。桜がキレて、校舎ごと敵を凍らせる前に」


 蓮は倒れたテロリストたちを跨ぎ、講堂へと走った。

 ただのメンテナンス要員だったはずの少年が、今、学園防衛の要となっていた。

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