第3話
放課後。第3演習場。
普段は実技の授業に使われるその場所は、異様な熱気に包まれていた。
観客席を埋め尽くすのは、数百人の生徒たち。
その大半が実演科(プレイヤー)の生徒であり、彼らの視線は残酷な愉悦に歪んでいる。
「聞いたか? 管理科(キーパー)の1年が、一条帝に喧嘩売ったらしいぜ」
「マジかよ。自殺志願者か?」
「『公開処刑』が見られるってよ! 動画撮ってSNSに上げようぜ!」
彼らにとって、これは決闘ではない。
エリートによる、身の程知らずな雑草への制裁ショーだ。
フィールドの中央。
一条帝は、まるでスポットライトを浴びる俳優のように両手を広げて立っていた。
その全身は、最新鋭の装備で固められている。
魔力増幅機能付きの純白のコート。
視界に情報を表示するARグラス。
そして右手には、黄金に輝く『iPhone Magia Pro Max Gold Edition』。
「遅いな、ジャンク。怖気づいて逃げたか?」
帝が挑発的に鼻を鳴らす。
その時、反対側のゲートが重々しい音を立てて開いた。
現れたのは、油で汚れた作業着姿の九重蓮だった。
手には武器(スマホ)すら持っていない。ポケットに手を突っ込み、散歩のような足取りで現れた。
「……悪い。PCのシャットダウンに時間がかかってな」
「ハッ! 遺書でも書いていたのか?」
「まさか。お前のスマホの『葬式』の準備だよ」
蓮の軽口に、観客席からブーイングが飛ぶ。
だが、フィールドの袖で見守る九重桜だけは、静かに兄を見つめていた。その瞳には一点の曇りもない信頼が宿っている。
(兄様……その愚か者に、真の「技術」を教えてあげてください)
審判役の教師が、震える声で宣言した。
「そ、それでは……実演科1年・一条帝 対 管理科1年・九重蓮。非公式模擬戦を執り行う! ルールは簡単だ。相手のシールドを破壊するか、降参させた方の勝ち!」
「レディー……」
帝がスマホを構える。
蓮が懐から、黒いガラケーを取り出す。
「ファイッ!!」
開始の合図と同時、帝の指が画面をタップした。
「消え失せろ! 起動、『フレイム・エンペラー』!!」
フォォォォォォン!!
帝のスマホから、紅蓮の輝きが迸る。
展開されたのは、直径3メートルを超える巨大な火球だ。
その熱量は凄まじく、フィールドの芝生が一瞬で炭化し、観客席にまで熱風が届く。
「すげぇぇぇッ! なんだあの出力!?」
「軍用レベルだぞ! あんなの人間が受けていい魔法じゃない!」
観客がどよめく。
帝は勝利を確信し、口元を歪めた。
「どうだ、この圧倒的なスペックは! 僕の魔力帯域(バンド幅)と、イチジョウ家の資金力で開発した最強のSSRアプリだ! 貴様のそのボロ携帯で、防げるものなら防いでみろ!」
帝が腕を振り下ろす。
巨大な火球が、轟音と共に蓮へと放たれた。
逃げ場はない。直撃すれば、防御シールドごと蒸発し、大火傷は免れないだろう。
だが。
蓮は動かなかった。
防御魔法を展開する素振りすら見せない。
ただ、退屈そうにガラケーを開き、その小さな画面を見つめただけだ。
(……予想通りだ。酷いコードだな)
蓮の「眼」には、迫りくる火球が「炎」としては見えていない。
空間を埋め尽くす、膨大な「文字列(ソースコード)」の塊として見えている。
(エフェクト処理にリソースの8割を割いている。威力を上げるために計算式を簡略化しすぎだ。そのせいで、座標定義の変数が不安定になっている)
一言で言えば、「見た目だけのハリボテ」だ。
蓮の親指が動く。
カチッ。
静かな演習場に、物理ボタンを押す乾いた音が響いた。
それを合図に、蓮の指が加速する。
カチカチカチカチカチカチッ!!
目にも留まらぬ高速連打(タイピング)。
タッチパネルでは不可能な、物理キーならではの正確無比な入力速度。
蓮は、迫りくる火球のコードに対し、リアルタイムで「修正パッチ」を記述していた。
「な、なんだアイツ!? 防御もしないで携帯を弄ってやがる!」
「パニックでメールでも打ってるのか!?」
観客が嘲笑う。
火球はもう、蓮の鼻先1メートルまで迫っていた。
帝が勝利の笑みを浮かべる。
「灰になれぇぇッ!!」
蓮は、最後のキーを強く押し込んだ。
「――プロセス凍結(フリーズ)。対象オブジェクトの強制初期化(フォーマット)」
ッターン!
決定キー(Enter)の音が響いた瞬間。
プンッ。
間の抜けた音がして、巨大な火球が「消失」した。
爆発もしない。煙も出ない。
まるでテレビの電源を切ったように、唐突に、その存在自体がかき消えたのだ。
「……は?」
帝が呆けた声を出す。
観客席が静まり返る。
蓮は無傷で立っていた。その手には、まだ熱すら帯びていないガラケーが握られている。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
「炎が消えた!? 防御魔法か!?」
「いや、シールドのエフェクトなんてなかったぞ!?」
ざわめきが広がる中、帝が青ざめた顔で叫んだ。
「ば、馬鹿な! 僕の『フレイム・エンペラー』だぞ!? 不発だと!? ありえない!」
帝は必死にスマホをタップする。
だが、画面には無情なエラーメッセージが表示されていた。
『Error 404: Object Not Found.(対象が見つかりません)』
『System Halted.(システムが停止しました)』
「う、動かない……!? なんでだ!」
「……重すぎるんだよ、そのアプリ」
蓮が静かに歩き出した。
コツ、コツと靴音を響かせ、パニックに陥っている帝へと近づいていく。
「グラフィック処理にメモリを食いすぎだ。だから、外部からの単純な割り込み処理(インジェクション)だけで、処理落ちして自壊する」
「わ、割り込み処理だと……? 貴様、まさか僕の魔法式を書き換えたのか!?」
「書き換えたんじゃない。『整理(デバッグ)』してやったんだ。無駄な処理を全部削除したら、何も残らなかっただけだ」
蓮は帝の目の前で立ち止まった。
「さて、ルールは『シールドの破壊』か『降参』だったな」
「ひっ……!」
帝が後ずさる。
彼のスマホはフリーズし、ただの文鎮と化している。魔法は使えない。
対する蓮は、悠然とガラケーを構えている。
「く、来るな! 僕は一条家の次期当主だぞ! こんなインチキ認めない!」
「インチキじゃない。技術(スペック)の差だ」
蓮はガラケーを帝に向けた。
そして、たった一つのキーを押した。
「――実行(Run)」
ズドンッ!!
目に見えない衝撃波が帝を襲った。
それは魔法ではない。
帝が展開していたシールドの座標を「反転」させ、自分自身を弾き飛ばすように設定変更しただけの、単純な物理現象だ。
「ぐわぁぁぁぁッ!?」
帝はボールのように吹き飛び、演習場の壁に激突してずり落ちた。
白目を剥き、気絶している。
勝負あり。
シーン……。
演習場は、完全な沈黙に支配された。
誰も言葉を発せない。
管理科の落ちこぼれが、実演科のエリートを、しかも一条家の御曹司を、指先一つで完封したのだ。
理解の範疇を超えていた。
「……あーあ。またバッテリー消費しちまった」
蓮は気だるげに首を回すと、ガラケーをパタンと閉じた。
そして、呆然とする審判の教師に向かって告げた。
「先生、判定を。それとも、再起動を待ちますか?」
「あ……う、うむ! 勝者、九重蓮!!」
その宣言と同時に、観客席の一部――管理科の生徒たちから、爆発的な歓声が上がった。
今まで虐げられてきた彼らにとって、それは革命の瞬間だった。
蓮は歓声に手を振ることもなく、ポケットに手を突っ込んで出口へと向かう。
その背中を、桜が駆け寄って抱きついた。
「お兄様! 素敵でした! あの一瞬で128行ものコード修正を行うなんて、人間業じゃありません!」
「……数えるな。気持ち悪い」
「えへへ、動画もバッチリ保存しました。あとで家宝にしますね」
じゃれ合う兄妹。
その様子を、観客席の最上段から見下ろす人物がいた。
生徒会長、七瀬凛だ。
彼女は組んだ足を組み替え、妖艶な笑みを浮かべていた。
「……面白い。彼、欲しいわね」
彼女のARグラスには、蓮が帝の魔法を無効化した瞬間のデータ解析結果が表示されていた。
そこには『解析不能(アンノウン)』の文字が点滅している。
「生徒会(わたしたち)の『番犬』になってもらおうかしら」
蓮の望む「平穏な学園生活」は、この勝利によって完全に崩れ去ろうとしていた。
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