第4話
一条帝との決闘から一夜明け、九重蓮の学園生活は一変していた。
登校時の靴箱。
廊下でのすれ違いざま。
そして、1年E組(管理科)の教室。
「おい、あいつだろ? 一条帝をワンパンしたって噂の……」
「魔法を使わずに、相手の魔法を消したらしいぜ」
「マジかよ。どんな裏技使ったんだ?」
ひそひそと交わされる噂話。
畏怖、嫉妬、そして好奇心。
「空気」として過ごしたかった蓮にとって、これほど居心地の悪い環境はない。
(……面倒なことになった)
蓮はため息をつき、自分の席でガラケーを開いた。
昨日の決闘動画がSNSで拡散され、再生回数はすでに100万回を超えている。
コメント欄は「ヤラセだ」「いや、未知のハッキングツールだ」と大炎上中だ。
「――よう、ジャンク」
不機嫌そうな声がかかる。
見上げると、顔に絆創膏を貼った一条帝が立っていた。
昨日のような取り巻きはいない。一人だ。
「……なんだ。まだやるのか? 修理費なら払わないぞ」
「ふん。勘違いするな。言いに来ただけだ」
帝はバツが悪そうに視線を逸らし、ボソッと言った。
「……昨日は、油断しただけだ。僕の『フレイム・エンペラー』の最適化不足……お前の指摘通りだったことは認めてやる」
「素直だな」
「だ、だが! 次は負けない! 僕が最強のエンジニアを雇って、完璧なコードに書き直してリベンジしてやるからな! 首を洗って待ってろ!」
帝はそれだけ叫ぶと、顔を真っ赤にして教室を出て行った。
教室に残された蓮は、少しだけ目を丸くした。
(……意外と根は真面目なのか? あいつ)
単なる嫌味なエリートかと思っていたが、どうやら技術的な指摘は受け入れる度量があるらしい。
蓮が苦笑した、その時だった。
『ピンポンパンポーン♪』
校内放送のチャイムが鳴る。
『業務連絡です。1年E組、九重蓮くん。至急、生徒会室まで来てください。繰り返します――』
教室がざわつく。
生徒会室への呼び出し。それは通常、深刻な校則違反を犯した者への「尋問」を意味する。
クラスメイトたちが同情の目で蓮を見る中、蓮は天井を仰いだ。
「……やっぱり、そうなるか」
◇
国立高度魔法技術高校の中枢、生徒会室。
最上階にあるその部屋は、学園のセキュリティシステムを統括する「司令室」でもあった。
重厚な扉を開けると、そこには紅茶の優雅な香りが漂っていた。
革張りのソファに、一人の女子生徒が脚を組んで座っている。
長い黒髪。切れ長の瞳。
制服の上からでも分かる豊満なプロポーションと、それを包む圧倒的なカリスマ性。
3年A組、生徒会長・七瀬凛(ななせ りん)。
「女帝」の異名を持つ、この学園の支配者だ。
「いらっしゃい、時の人。九重蓮くん」
凛は妖艶に微笑み、対面のソファを手で示した。
「まあ、座って。粗茶だけど」
「……どうも」
蓮は警戒しつつ腰を下ろした。
部屋には凛以外にも、数名の生徒会役員がいるが、全員が蓮を値踏みするような目で見ている。
「単刀直入に聞くわ。……昨日の決闘、どうやったの?」
凛が身を乗り出す。
その瞳は、獲物を狙う蛇のように鋭い。
「一条くんのSSR魔法を一瞬で無力化し、さらに物理法則を無視した衝撃波で彼を吹き飛ばした。……学園のログ解析班も『原因不明(バグ)』とお手上げ状態よ」
「偶然ですよ。彼の端末が熱暴走して、誤作動を起こしただけです」
「嘘ね」
凛は即答した。
「あなたが端末を操作した瞬間、学園のローカルサーバーに『正体不明のパケット』が送信されたのを、私が検知していないとでも?」
凛の手元には、ホログラムウィンドウが展開されていた。
そこには、蓮が昨日送信したデータの波形が表示されている。
さすがは生徒会長。「ARの魔女」と呼ばれるだけあって、情報収集能力は高いようだ。
「……で? それを暴いて退学処分ですか?」
「まさか。有能な人材を捨てるほど、私は愚かじゃないわ」
凛はカップを置き、にやりと笑った。
「取引をしましょう、九重くん。あなたのその『異常なハッキング能力』、生徒会のために使いなさい」
「断ると言ったら?」
「昨日の決闘での『不正ツール使用疑惑』で、徹底的に追及することになるわね。妹さんの経歴にも傷がつくかも」
蓮の眉がピクリと動く。
妹を人質に取るとは、いい度胸だ。
(……脅しか。古典的だが、悪くない手だ)
蓮はふぅ、と息を吐き、懐からガラケーを取り出した。
「分かりました。俺の実力を買っている、ということですね」
「ええ。口だけじゃなく、本当に使えるならね」
凛は指を鳴らした。
すると、部屋の中央に巨大なサーバータワーのホログラムが出現した。
「これは学園のメインサーバーの防壁よ。防衛省お下がりの『イージス・システム』を導入しているわ。……これを10分以内に突破できたら、あなたの実力を認めてあげる」
生徒会役員たちがニヤニヤと笑う。
イージス・システム。軍用レベルのファイアウォールだ。高校生が、しかもガラケーで突破できるはずがない。これは新入りへの洗礼(いじめ)だ。
「10分、ね」
蓮はガラケーを開いた。
「会長。一つ訂正していいですか」
「何かしら? 降参?」
「いえ。……俺のガラケーのスペックだと、10分もかからない」
カチッ。
蓮がエンターキーを押した。
その瞬間。
ブブブブブブッ!!
室内の全モニターが赤く染まった。
警報音が鳴り響き、サーバーのホログラムがバラバラに崩壊する。
代わりに表示されたのは、たった一行のメッセージ。
『Hello, Empress.(ごきげんよう、女帝陛下)』
「な……ッ!?」
役員たちが椅子から転げ落ちる。
凛が目を見開き、カップを取り落としそうになる。
時間にして、わずか3秒。
国家レベルのセキュリティが、紙切れのように破られたのだ。
「バックドア(裏口)が開いてましたよ。ポート8080番。……管理が杜撰ですね」
蓮はあくびをしながらガラケーを閉じた。
「これで合格ですか?」
「……化け物ね」
凛の顔から余裕が消え、代わりに紅潮した興奮が浮かび上がった。
彼女は立ち上がり、蓮の目の前まで歩み寄ると、その胸ぐらを掴んで顔を近づけた。
「合格よ。……いいえ、想像以上だわ」
彼女の吐息がかかる距離。
甘い香水の匂いが蓮を包む。
「あなた、今日から『風紀委員会』の技術顧問になりなさい。校内の違法魔法を取り締まるの。……拒否権はないわよ?」
「風紀委員……ですか」
面倒な役職だ。トラブルの最前線ではないか。
だが、この女帝に目をつけられた以上、逃げるのは難しいだろう。それに、学園のセキュリティ権限をもらえるなら、妹を守るための環境構築もしやすくなる。
「……条件があります」
「何?」
「残業はしません。あと、妹との時間を優先します」
凛はきょとんとした後、楽しそうに笑った。
「ふふっ、ブラコンなのね。いいわ、許可しましょう」
こうして、魔力ゼロの劣等生は、学園最強の権力者である生徒会の下部組織へと組み込まれることになった。
だが、蓮はまだ知らない。
この「風紀委員」という立場が、これから起きる大規模なサイバーテロ事件への入り口であることを。
「――ようこそ、九重くん。精々、私を楽しませてね」
女帝の妖艶な笑みに見送られ、蓮は生徒会室を後にした。
そのポケットの中で、ガラケーが短く震えた。
『ジェイルブレイク』からの犯行予告メールを受信した合図だった。
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