第2話
国立高度魔法技術高校の校舎は、その構造自体が差別的だ。
陽光が降り注ぐガラス張りの「実演棟」に対し、渡り廊下で繋がれた「管理棟」は、まるで工場の倉庫のように無機質で、薄暗い。
1年E組、管理科の教室。
そこには、最新鋭のホログラム黒板もなければ、快適な空調システムもない。あるのは油とハンダの匂い、そして十年前の型落ちデスクトップPCが並ぶ、殺風景な光景だけだ。
「――いいか、お前たちの仕事は、実演科(プレイヤー)の皆様が快適に魔法を行使できるよう、端末を磨き上げることだ」
教壇に立った教師が、退屈そうに棒読みで講義を進めている。
「最近の魔法アプリは高度化し、端末への負荷が増大している。キャッシュの削除、メモリの最適化、そして放熱ジェルの交換。これらを迅速に行うことが、管理科(キーパー)である君たちの存在意義だ」
教室の空気は淀んでいる。
生徒たちの多くは死んだ魚のような目をしていた。彼らは入学試験で「魔力帯域不足」の判定を受け、魔法使いになる夢を絶たれた者たちだ。
ここでの3年間は、エリートたちの従者となるための訓練期間でしかない。
(……くだらない)
教室の最後列、窓際。
九重蓮は、教師の話を右から左へと聞き流していた。
彼の手元にあるのは、学校支給のタブレットではなく、例の分厚い改造ガラケーだ。
画面には、黒背景に緑色の文字が滝のように流れている。
(授業内容が10年前の常識で止まっている。今のOSは自動最適化機能が標準搭載だ。手動でキャッシュを消すなんて、時間の無駄でしかない)
蓮は授業中に内職をしていた。
といっても、ゲームをしているわけではない。
国防省から極秘裏に依頼された、軍事用セキュリティシステムのパッチ修正だ。
国家機密レベルのコードを、高校の授業中にガラケーで記述する。彼にとっては、こちらのほうがよほど生産的な時間だった。
「おい、そこの九重!」
チョークが飛んできた。
蓮は視線を画面から外さず、首をわずかに傾けてそれを回避する。チョークは後ろの壁に当たって砕けた。
「授業中に骨董品を弄るとは何事だ! 没収するぞ!」
「……すみません。支給品のPCがあまりに遅いので、こちらの端末で演習課題を終わらせていました」
「なに? 終わらせただと?」
教師が疑わしげに蓮のデスクに近づき、モニターを覗き込む。
そこには、本来なら1時間かけて組むはずの「端末診断プログラム」が、完璧なコードで完成されていた。しかも、教科書のお手本よりも処理速度が30%向上している。
「な……ッ!?」
「次の課題に進んでもいいですか? それとも、PCの再起動を待ちましょうか」
「……勝手にしろ」
教師はバツが悪そうに顔をしかめ、教壇へと戻っていった。
周囲のクラスメイトたちが、「すげえ」「あいつ何者だ?」と囁き合うが、蓮は興味なさげに再びガラケーのキーを叩き始めた。
◇
昼休み。
学食こと「カフェテリア」もまた、格差社会の縮図だった。
1階の広々としたフロアは実演科専用。シェフが目の前で調理するビュッフェスタイルで、優雅なランチタイムが提供されている。
一方、2階の狭いスペースに押し込められた管理科のエリアは、自動販売機とパンの購買があるだけだ。
蓮はパンと紙パックのコーヒーを買い、人の少ないテラス席(といっても非常階段の踊り場だ)で昼食を摂ろうとしていた。
「――お兄様!」
自動ドアが勢いよく開き、銀髪の美少女が飛び込んできた。
九重桜だ。
実演科の制服を靡かせ、手には風呂敷に包まれた重箱を持っている。
「さ、桜? なんでこっちに……ここは実演科の生徒は立ち入り禁止だぞ」
「関係ありません。お兄様がコンビニパンで済ませようとしている気配がしたので、飛んできました」
桜は蓮の隣に強引に座り込み、重箱を広げた。
中身は、料亭のような豪華な手作り弁当だ。
「はい、あーん」
「……やめろ、目立つ」
「誰も見ていませんよ。さあ、私の愛と栄養を摂取してください」
桜が箸で卵焼きをつまんで迫ってくる。
その時だった。
「――おいおい、こんな薄汚い場所に、高貴な花が咲いていると思えば」
キザな声と共に、数人の取り巻きを連れた男子生徒が現れた。
整った顔立ちに、流行りのツーブロック。
胸元には、あえて校則ギリギリまで着崩したシャツと、ジャラジャラとしたシルバーアクセサリー。
そして何より目を引くのは、彼が首から下げている最新鋭のデバイスだ。
黄金色に輝く特注モデル。『iPhone Magia Pro Max Gold Edition』。
一条 帝(いちじょう みかど)。
世界的な魔法アプリ開発企業「イチジョウ・コーポレーション」の御曹司であり、1年生の実演科でもトップクラスの実力者だ。
「九重桜さん。こんな『廃材(ジャンク)』置き場で食事とは感心しないな。僕たちのテーブルに来ないか? 特上のステーキをご馳走するよ」
帝は蓮を一瞥もしない。
彼にとって、管理科の生徒など背景の一部でしかないのだ。
桜の手が止まる。
彼女の瞳から、スッとハイライトが消えた。
「……誰ですか、あなた」
「ハハッ、手厳しいな。一条帝だ。君と同じAクラスの」
「興味ありません。今、兄様との食事中ですので、消えていただけますか?」
「あ、兄様……?」
帝が眉をひそめ、ようやく蓮を見た。
作業服を着て、安っぽいパンを齧っている地味な男。
「まさか、その薄汚いのが兄貴だって? 嘘だろ? 君のような女神と、そのジャンクが兄妹?」
「言葉を慎みなさい。兄様を愚弄することは、この私が許しません」
桜の周囲で、大気がピリピリと震え始めた。
温度が急激に下がる。彼女の感情に呼応して、無意識の冷却魔法が発動しかけているのだ。
まずい。
「……桜、落ち着け」
蓮は短く告げると、桜の手首を掴み、自身のマナをごく微量だけ流し込んだ。
中和処理。
桜の暴走しかけた魔力が、蓮の干渉によって霧散する。
「っ……! は、はい……すみません、お兄様」
桜が頬を赤らめて大人しくなる。
その一瞬のやり取りを見て、帝の目が細められた。
(……なんだ今のは? 魔力を消したのか?)
だが、プライドの高い帝は、それを管理科の技術だとは認めない。
彼は鼻で笑い、自身の黄金スマホを取り出した。
「ふん。まあいい。今日は機嫌がいいんだ。なんといっても、この新アプリ『フレイム・エンペラー』を手に入れたからな」
帝はわざとらしく画面を見せびらかした。
画面には、炎が渦巻く派手なエフェクトと『SSR』『課金総額50万円』の文字が踊っている。
「これは軍用レベルの火炎魔法を、一般回線でも使えるようにチューニングした限定品だ。その辺の雑魚なら、起動するだけでスマホが焼き切れる代物さ」
「へえ、すごいですね一条さん!」
「さすが御曹司!」
取り巻きたちが媚びへつらう。
帝は満足げに笑い、蓮を見下した。
「おいジャンク。せっかくだ、このアプリの起動テストを見せてやるよ。光栄に思え」
「……ここは食堂だぞ。火気厳禁だ」
「知るかよ。僕がルールだ」
帝が画面をタップする。
フォォォン!
彼の掌の上に、バスケットボール大の火球が出現した。
熱波が広がり、火災報知器が鳴り出す前に、帝は指先でそれを弄ぶ。
「素晴らしい出力だ……! 美しい!」
帝が自己陶酔に浸る中、蓮は冷めた目でその火球を見ていた。
いや、見ているのは火球ではない。
その構成要素である「ソースコード」だ。
(……なんだ、その汚いコードは)
蓮の視界には、無駄だらけのスパゲッティコードが映っていた。
エフェクトに容量を割きすぎて、燃焼効率が悪い。
セキュリティホールも開きっぱなし。
典型的な「見た目だけの課金アイテム」だ。
「……メモリリークしてるぞ。あと30秒で端末がオーバーヒートする」
蓮はボソリと呟いた。
それが、帝の癇に障った。
「あ? なんだと?」
「聞こえなかったか。そのアプリ、欠陥品だと言ったんだ。最適化(チューニング)もまともにできてない」
シン、と場が凍りついた。
管理科の生徒が、実演科のエリートに、しかも一条家の御曹司に意見したのだ。
帝の顔が怒りで赤く染まる。
「……欠陥品だと? この僕の魔法が?」
「事実だ。無駄なループ処理が多すぎる。作った奴は素人か?」
「貴様ァァッ!!」
帝が火球を握り潰し、蓮に掴みかかろうとする。
桜が立ち上がろうとするが、蓮はそれを手で制し、ゆっくりと席を立った。
「訂正しろ! 土下座して靴を舐めれば許してやる!」
「嫌だね。非効率だ」
「なら……決闘だ」
帝がニヤリと笑い、スマホを蓮に突きつけた。
「放課後、第3演習場に来い。その生意気な口、魔法で焼いて塞いでやる。……まさか、逃げないよな?」
「……はぁ」
蓮は深く、深くため息をついた。
コンビニパンの最後の一口を口に放り込み、面倒くさそうに頭をかく。
「分かったよ。さっさと終わらせよう」
「後悔させてやる。ジャンク風情が!」
帝は捨て台詞を吐いて去っていった。
残された食堂は、蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
管理科の生徒対実演科のトップランカー。
結果は見えていると、誰もが思った。
「お兄様……あんな挑発に乗らなくても」
「いや、いい機会だ」
蓮は懐からガラケーを取り出し、パチンと開いた。
「あの程度のアプリが持て囃されている現状が、どうにも気に食わなくてな」
その瞳の奥には、エンジニアとしての静かな怒りと、獲物を前にした狩人の冷徹な光が宿っていた。
最弱の端末VS最強の課金アプリ。
勝負の行方は、すでにコードの中に書かれている。
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