魔力ゼロの最強魔法エンジニア ~スマホ全盛の現代に、俺だけガラケーで世界のソースコードを書き換える~

kuni

第1話

西暦2045年。東京。

 かつてオカルトと呼ばれた「魔法」は、量子サーバーによって管理されるインフラストラクチャーとなっていた。

 大気中の「マナ素子」を端末(デバイス)で認証し、クラウド上の「術式(アプリ)」をダウンロードして事象を書き換える。

 それが、現代魔法の定義だ。


 この世界における魔法使いの価値は、たった一つのスペックで決まる。

 すなわち、「通信帯域(バンド幅)」。

 一度にどれだけの魔力データをサーバーから引き出せるか。それが全てだ。


          ◇


 国立高度魔法技術高校。

 通称「高専(アカデミー)」。

 次世代の魔法技術者を育成するこの学園には、残酷なほど明確なヒエラルキーが存在する。


 大容量の帯域を持ち、華やかな魔法を行使するエリート――「プレイヤー(実演科)」。

 帯域が狭く、魔法が使えないため、サーバー管理や端末整備に従事する落ちこぼれ――「キーパー(管理科)」。


「おい見ろよ、管理科の制服だぜ」

「うわ、地味。油の匂いしそう」

「一生俺たちのスマホ磨きがお似合いだな」


 入学式へと向かう並木道。

 真新しいグレーの作業用ジャケットを着た九重 蓮(ここのえ れん)は、純白のブレザーを着たプレイヤー科の生徒たちから、遠慮のない嘲笑を浴びていた。


 だが、蓮は気にした様子もなく、手元の端末を操作していた。

 それは、周囲の生徒が持つ透明なクリスタルスマホとは似ても似つかない、分厚く黒い物体。

 物理キーボードがびっしりと並んだ、改造ガラケーだ。


(……学園内LANのセキュリティ、ザルだな。ポートが開けっ放しだ)


 蓮は歩きながら、学園のサーバー構造をハッキング(閲覧)していた。

 彼が管理科に入学したのは、魔力がないからではない。

 「表舞台」に出るのが面倒だからだ。

 妹の近くにいられて、かつ目立たない裏方仕事。それが蓮の望みだった。


「――お兄様」


 不意に、透き通るような声がかかった。

 周囲の空気が一変する。

 蓮が足を止めると、そこには一人の少女が立っていた。


 光を織り込んだような銀髪。

 最新鋭のフローティング・デバイスを周囲に浮かせた、圧倒的な存在感。

 今年度の首席入学者にして、蓮の妹、九重 桜(さくら)だ。


「……桜か。派手な登場だな」

「お兄様こそ。その制服……やはり、私が学園長にねじ込んで、実演科に変更させるべきでした」


 桜は不満げに頬を膨らませ、蓮の作業服の襟を直そうと手を伸ばす。

 周囲の生徒たちがざわめいた。


「おい、あれ『九重桜』じゃないか?」

「Sランク判定の天才だろ? なんであんな管理科の奴と親しげなんだ?」

「使用人か何かじゃないか?」


 好奇の視線。

 蓮はため息をつき、桜の手を軽く制した。


「よせ。俺はスペック通りの『管理科』だ。お前はエリートらしく、前を歩け」

「ですが……!」

「式が始まる。行くぞ」


 蓮は早足でその場を去った。

 桜は寂しげに兄の背中を見つめた後、氷のような冷たい視線で周囲の野次馬を一瞥し、静かに講堂へと向かった。


          ◇


 入学式は、最新技術の見本市でもあった。

 講堂の中央には巨大なホログラム装置が設置され、学園長のスピーチに合わせて、過去の魔法大戦の映像が立体的に投影されている。


 蓮たち管理科の生徒は、講堂の2階席――通称「整備デッキ」に押し込められていた。

 ここから、1階席に優雅に座るプレイヤー科を見下ろす形になる。


「――では最後に、我校が誇る最新の『自律型召喚プログラム』をご覧いただきましょう」


 学園長の合図と共に、ステージ上の空間が歪んだ。

 AR(拡張現実)と実体化魔法を組み合わせた、巨大な「炎のドラゴン」が召喚される。

 全長10メートル。熱量まで再現されたその迫力に、1階席から歓声が上がった。


「すげえ! あれが最新のAI制御か!」

「まるで本物の魔獣だ!」


 生徒たちがスマホを掲げ、撮影を始める。

 だが、2階席の隅で、蓮だけが眉をひそめていた。


「……処理落ちしてるな」


 蓮の目には、ドラゴンの輪郭が僅かにブレているのが見えていた。

 そして、彼の特殊能力【ソースコード視認】は、ドラゴンの頭上に浮かぶ赤いエラーログを捉えていた。


『Warning: Memory Leak detected.(警告:メモリリークを検知)』

『AI Loop Error.(思考ルーチンがループしています)』


(……おいおい。デバッグしてないのかよ。あのままじゃ、制御不能になるぞ)


 蓮がガラケーを開いた、その時だった。


 グオオオオオオオッ!!


 ドラゴンが咆哮を上げ、突然、予定された演出ルートを外れた。

 制御用の結界を食い破り、1階席の生徒たちへ向かって突進を始めたのだ。


「うわっ!? こっちに来るぞ!」

「演出か!? いや、熱い! 本物の炎だ!」

「キャアアアアッ!」


 パニックになる会場。

 教師たちが慌てて停止コードを送るが、暴走したプログラムは外部からの操作を受け付けない。


「迎撃せよ! 実演科、防御魔法だ!」


 教師の指示で、前列にいた優秀な生徒たちが一斉にスマホを構える。

 氷の弾丸や風の刃がドラゴンに放たれる。

 だが、それらはドラゴンの体をすり抜けてしまった。


「効かない!? なんでだ!」

「物理干渉が無効化されてる!?」


 生徒たちが狼狽する。

 当然だ。あれは生物ではない。バグを起こした「データ」だ。

 物理的な攻撃魔法など、当たり判定がなければ意味がない。


 炎のブレスが、最前列にいた桜に向かって吐き出されようとしていた。

 桜は冷静に防御障壁(シールド)を展開するが、相手は学園のサーバーリソースを食い荒らして巨大化したバグの塊。

 個人の端末スペックでは、押し切られる。


(……やれやれ。入学初日からこれか)


 2階席の暗がりで、蓮は深く溜息をついた。

 彼は手すりに身を乗り出し、ガラケーの物理キーに指を置いた。


 カチカチカチッ!


 超高速の打鍵音。

 蓮はドラゴンの「存在定義コード」に直接アクセスしていた。


(正規の手順で停止させるには時間が足りない。なら――)


 蓮はドラゴンの攻撃パターン変数を書き換える。

 『敵対モード』から『演出モード』へ。

 そして、座標データを修正。


 ――Enter。


 ドラゴンの口から溢れ出ていた炎が、瞬時に「花びら」へと変化した。


「……え?」


 悲鳴を上げていた生徒たちが呆気にとられる。

 ドラゴンは桜の目の前で急停止すると、まるで忠実なペットのように首を垂れ、その巨体を無数の桜吹雪へと分解させて消滅した。

 キラキラと光る花びらが、会場に降り注ぐ。

 それは、まるで最初から計算されていたかのような、幻想的で美しいフィナーレだった。


「お、おお……!」

「すげえ! これも演出だったのか!?」

「さすが高専! ビビらせやがって!」


 会場が割れんばかりの拍手に包まれる。

 教師たちは顔面蒼白で「た、助かった……?」と震えているが、生徒たちは大興奮だ。


 その騒ぎの中、桜だけが舞い落ちる光の花びらを手に取り、静かに2階席を見上げた。

 そこには、既にガラケーをしまい、退屈そうに頬杖をついている兄の姿があった。


(……お兄様。また、私を守ってくれたのですね)


 桜は愛おしそうに花びらを握りしめると、誰にも聞こえない声で呟いた。

 「ありがとうございます、私の英雄(デバッガー)」と。


          ◇


 式の後。

 蓮は人混みを避けて校舎裏を歩いていた。


「……鮮やかな手際だったな」


 不意に、頭上から声が降ってきた。

 蓮が視線を上げると、渡り廊下の手すりに腰掛けた女子生徒が、面白そうにこちらを見下ろしていた。


 燃えるような赤髪のショートカット。

 着崩した制服。

 その腕には、学園の治安を守る「執行委員会」の腕章が巻かれている。


「あの状況で、ドラゴンの攻撃判定(ヒットボックス)だけを削除して、エフェクトに書き換えるなんて芸当、教員にも無理だぜ?」


 彼女はニヤリと笑い、スマホを弄る仕草をした。


「君、名前は? 管理科の一年だろ?」

「……九重蓮です。ただの機材トラブルですよ。俺は何もしていません」

「ふーん。トボケるのか。まあいい」


 彼女は手すりから軽やかに飛び降り、蓮の目の前に着地した。

 そして、捕食者が獲物を見るような目で、蓮の顔を覗き込んだ。


「俺は3年の神宮寺(じんぐうじ)。……面白い『おもちゃ』を見つけた気分だ。また会おうぜ、少年」


 彼女は手を振って去っていった。

 蓮は眉間を揉みほぐした。


(……面倒な奴に目をつけられたな)


 平穏なスクールライフを望む蓮の願いとは裏腹に、彼の「バグ潰し」は、学園の実力者たちのレーダーにしっかりと捕捉されていた。

 

 魔力ゼロの最強エンジニアによる、学園のシステム改変劇。

 その幕は、今切って落とされた。

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