第8話 無骨な手が触れたもの
目を開けると、そこは多くの幼い子どもたちの声に満ちた場所だった。
「ここは、ノルマニアの孤児院よ」
ミレイアが、穏やかに告げる。
「やあ、ミレイアさん!」
世話係らしき男が、笑顔で近づいてきた。
「こんにちは、ブノワさん」
ミレイアは、親しげに応じる。
「ミレイア殿……外の世界には、よく来られているのですか?」
エリックの問いに、ミレイアは声を潜めた。
「ええ。でも、ここでは“普通の人間”よ。
破壊の神だなんて、内緒ね」
「なるほど……」
その会話を聞いている間に――
「あっ!ミレイア姉さんだ!」
子どもたちが、一斉に駆け寄ってきた。
「みんな、元気だった?
今日はルーメンも一緒よ」
ミレイアが猫を差し出すと、
子どもたちは歓声を上げて抱きかかえた。
「……随分、慕われておられるのですな」
エリックは、少し意外そうに言った。
「ええ。
可愛いものが、好きなの」
ミレイアは、柔らかく笑う。
「ねえ、みんな!」
ミレイアが声を張る。
「今日はね、
この――おじさんが、一緒に遊んでくれるわよ」
「なっ……!」
エリックは、思わず顔をしかめた。
「ミレイア殿、それは……
私のような無骨な男に、幼子が懐くはずが……」
「エリック」
ミレイアは、きっぱりと言った。
「これが、最後の試練よ」
エリックは、息を呑む。
「今日一日、子どもたちと過ごしなさい。
楽しく、ね」
子どもたちは、距離を取りながらこちらを窺っている。
“怖そうなおじさん”――
その視線は、痛いほど分かった。
「……分かりました」
エリックは、重く頷いた。
「ねえ、みんな。この人、馬に乗れるのよ」
ミレイアがそう言うと、
連れてきた馬が、ゆっくりと首を振った。
「馬まで……連れてきておったのか……」
エリックは、小さく溜息をつく。
しばらくして、彼は馬にまたがり、軽く駆けて戻ってきた。
「……どうだ。
お前たちも、乗ってみるか?」
ぎこちない言葉だった。
「”お前たち”じゃなくて“君たち”よ、エリック。
相手は子どもなんだから」
「分かっておる……
だが、私は騎兵隊でな。
こういう言葉遣いは、どうも……」
子どもたちは、恐る恐る近づいてくる。
「待て。後ろに立つな。
馬は、後ろを蹴る習性がある…… 危ないからな……」
厳しい声に、子どもたちがびくりとする。
「ほら、エリック……
もっと、優しく言ってあげて」
「……すまん。
危ないから、ここに来なさい」
声の調子が、ほんの少しだけ和らいだ。
「じゃあ、後はよろしくね」
そう言って、ミレイアは立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくだされ!
こんなところに、私一人では……!」
「大丈夫よ」
振り返り、笑う。
「ちゃんと、迎えに来るわ」
そして、姿を消した。
「……まったく。困った姫だ」
それから、時が流れた。
ミレイアが戻ってきた頃、エリックは子どもたちの輪の中心にいた。
「エリック先生!一人で乗れたよ!」
「おお。一日でそれとは、筋がいい」
その声は、驚くほど柔らかかった。
「次、ぼく!」
「順番だ。――いや、順番だから、少し待ってね」
言い直した自分に、エリックは内心で驚いた。
「すっかり、馬術の先生ですね」
ブノワが、感心したように言う。
「……そう見えますかな」
「ええ。
子どもたち、みんな懐いてますよ」
夕刻、子どもたちは名残惜しそうに別れを告げた。
「エリック先生、明日も来てくれる?」
「……ああ。
明日は、駆け足の練習でもしよう」
「ありがとう!」
その言葉が、胸に残った。
(……いつぶりだろうか。
“ありがとう”などと言われたのは)
夜、床に就いたエリックは、天井を見つめていた。
(剣を振っていたとき、
こんな言葉を向けられたことはなかった)
(魔石を手に入れたら……
本当に、国を滅ぼすべきなのか……)
迷いが、確かに芽生えていた。
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