第5話 滅びを宿すもの

エリックは、ミレイアに導かれ、城の奥へと通された。

「かたじけない……ミレイア殿」


卓の上には、焼いたパン、塩漬けの肉、果物が並べられている。

床では、ルーメンが小皿の温かな乳を舐めていた。


「この野菜と果物……外の馬に届けてきてもよろしいか。

 三日も、ろくに食べていないはずだ」


「あら」

 ミレイアは、くすりと笑った。

「国を滅ぼそうとしている人にしては、ずいぶん優しいのね」


エリックは何も言わず、食料を手に外へ出た。


「あの人……」

 ミレイアは、ルーメンを撫でながら呟いた。

「私の夫に、少し似ているわ」


再び戻ると、エリックは静かに食事を始めた。

「ノルマニアを滅ぼしたあと、あなたはどうするの?」


「……その先のことなど、考えておりません」

 パンを噛みしめながら、答える。


「後悔はしない?」

「後悔などしない!」

エリックは声を荒げた。

「失敬……あのような国、滅びた方がよいのです」


「そう」

ミレイアは、淡々と頷いた。


「私は、国の一つや二つが消えても、困らないもの」

そう言って、ルーメンの背を撫でる。

「破壊の神でありながら、 随分と動物を慈しむのですね」

「ええ。破壊の神といっても可愛いものは可愛いわ」

ルーメンは目を細め、喉を鳴らした。


「それに……」

ミレイアは、少しだけ声を落とす。

「私の使命は、“破壊すること”そのものではないの」

「……では、何を?」

「それは――いずれ、分かるわ」


食事が終わったころ、

ミレイアは静かに切り出した。

「魔石について、あなたに話しておくべきことがあの」

「そもそも……魔石とは、何なのですか」

「それは――私の夫、アグニルが作ったものよ」


「遥か昔、ノルマニアには人間と魔道士が共に生きていた」

「魔道士……?」

「ええ。私も、そして夫も、魔道士だったわ」

エリックは息を呑んだ。

魔道士は、伝説の存在だと思っていた。


「ある時、カルネス火山が大噴火したの」

ミレイアは、淡々と語る。


「灰と土石流が国を呑み込もうとした。そのとき、アグニルが魔術を振り絞り、

 噴火を鎮め、被害を麓で食い止めた」


「ほぉ、すごいご主人ですな……」

「ええ。そのときは、アグニルは英雄のように崇められたわ……」

ミレイアはルーメンを撫でながら言った。


「でも、それから十数年が過ぎた頃、国には伝染病が広がったの」

「……」

「治す術はなく、しかも、その病は――人間にしか罹らなかった」


エリックの背筋が、冷える。

「魔道士は、無事だった。それが、何を意味するか……」

「……人間は、魔道士を疑った」

「そう。”伝染病は魔道士が操っているに違いない、

 魔道士を絶滅させれば伝染病は消える”人間たちはそう信じたの」


かつては英雄、しかし状況が変われば邪魔者……、エリックは今、自分が置かれている状況と似ていると思った。


「しかし、人間と魔道士の戦いなんて、魔法が使える魔道士が圧勝だったのでは?」

「ふっふ……、

 魔道士の存在を知らない現代の人間たちは、魔法は万能だと考えるのね……」


ミレイアは続けた。

「魔道士が使える魔法は手を使わないで物を動かす、宙に浮くくらいしかできなの。

 攻撃的な魔法なんて使えないわ……、しかも火山を止めるなんて魔法は、

 アグニルぐらいの大魔道士しかできなの……」


ミレイアは続けた。

「武力では、人間の力には、魔道士の力なんて到底およばなかった……、

 魔道士はアグニルと私以外、全員、人間に滅ぼされたの……」


「……」


「怒ったアグニルは、噴火を誘発する魔術を石に込めた」

 

ミレイアは、目を伏せる。

「それをカルネス火山へ投じ、国は――溶岩に呑まれた」

「……粛清、ですか」


「ええ。彼は、人間を裁いたの」

エリックは、言葉を失った。


「何千年もの時が流れ、

 新たな人間が、あなた達の祖先が再びこの地に住み着いた」

「……しかし、新たな争いが生まれ、絶えることがなかった」


「そう」

ミレイアは、頷く。

「だからアグニルは、次のために、新たな魔石を作った」


彼女は、静かに言った。

「それが――私が持つ、魔石よ」

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