第3話 革命を導いた瞳に映るもの
エリックは、腐らなかった。
騎兵隊の誰よりも早く格技場に姿を現し、
誰よりも遅くまで、剣を振り続けた。
そして夜になれば、王宮の書庫に籠もり、
埃を被った兵法書を片端から読み漁った。
――力が足りないのなら、知を得ればいい。
そう信じて。
ある夜、書庫で書物を探していたエリックの視線が、
一冊の古書に吸い寄せられた。
『破壊の神の書』
表紙は色褪せ、革はひび割れ、
長い年月、人の手に触れられていないことが一目で分かる。
エリックは、無言で頁を開いた。
――ノルマニアより、はるか南。
――邪心を抱く者のみが、その城を見るという。
――城に棲むは、破壊の神。
――その手に、魔石を持つ。
――魔石をカルネス火山の火口へ投じれば、
大噴火が起こり、
マグマはノルマニアの国土を覆う。
エリックは、鼻で笑った。
(……くだらぬ)
書を閉じ、元の棚へ戻す。
それ以上、目を留めることはなかった。
その夜、屋敷に戻っても、ジネットの姿はなかった。
卓の上に置かれていたのは、一枚の羊皮紙。
今夜は父のもとへ参ります
――ジネット
(義父上は王族の重鎮……)
(役職の件で、何か取り計らってくれるのかもしれん)
ほんの僅か、期待が胸をよぎった。
だが、その期待は、翌日、無残に砕かれる。
騎兵隊の訓練を終えたところで、
エリックは義父に呼び止められた。
「エリック、少し時間をもらえるか」
「はい。ちょうど休憩に入るところです」
二人は、簡素な部屋で向かい合って腰を下ろした。
「……ジネットのことだが」
義父は、視線を逸らしたまま続ける。
「君と別れ、ロジェと再婚したいと申している」
「――な……」
言葉が、出てこなかった。
「御義父上……私は、彼女のために……」
「分かっておる。だが、娘の心は、すでに君から離れている」
義父は、苦しげに言った。
「住まいはこちらで用意した。今日から、そこへ移ってくれ」
それは、温情だった。 だが、追放に等しかった。
その夜、エリックは酒場にいた。
騎兵隊長の座を失い、妻にも捨てられた男として。
酔いつぶれ、千鳥足で帰る途中、
若い男たちが道を塞いだ。
「おい、オッサン」
嘲るような声。
「金、持ってるだろ?」
エリックは、虚しく笑った。
(革命の頃には、
こんな顔で笑う若者はいなかった……)
「……失せろ」
「なんだと!」
三人が一斉に殴りかかる。
だが、勝負は一瞬だった。
酔っていても、元騎兵隊長の動きは衰えていない。
地に伏す若者たちを残し、エリックは夜道を歩いた。
――俺は、何のために命を懸けた?
革命で得たはずの自由。
血で掴んだはずの平和。
それは いつの間にか、
誰のものでもない瓦礫になっていた。
胸の奥で、何かが剥がれ落ちる。
(……この国は、救われなかった)
(ならば――)
(いっそ、滅びてしまえばいい)
(この国も、この国に生きる者たちも……
すべて、灰になればいい)
エリックの瞳に、
かつて革命を導いた光はなかった。
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