第2話 格技場の静寂
格技場の中央で、二人は向かい合った。
革の防具が軋み、木剣の先が、わずかに震える。
観衆のざわめきは、ひどく遠かった。
(俺には、ジネットがいる)
エリックは一瞬、目を伏せる。
(ここで隊長の座を失えば――この手で、何を守れる?)
息を吸い、吐く。
木剣を、強く握り直した。
(負けるわけにはいかぬ)
対するロジェは、静かだった。
視線は一点、エリックの胸元に据えられている。
(勝てば、俺は騎兵隊長だ)
胸の奥で、炎が音もなく燃え上がる。
(この一戦に、すべてを賭ける)
「――始めよ」
王の声が落ちた瞬間、
エリックは踏み込んだ。
木剣が唸りを上げて振り下ろされる。
だが、ロジェは退かない。
盾が受け、剣が流す。
打ち合う音が、乾いた響きとなって格技場に跳ね返った。
――重い。
エリックは、気づいていた。
腕が、息が、ほんのわずかに遅れている。
攻める。
押す。
それでも、ロジェの間合いは崩れない。
次の瞬間だった。
踏み替えた足が、ほんの僅か、狂った。
――しまった。
その一瞬を、ロジェは逃さなかった。
木剣が閃く。
一撃。
面を打たれ、視界が白く弾ける。
二撃。
胴に衝撃。息が詰まる。
三撃。
気づいたときには、音だけが遅れて耳に届いていた。
痛みが、防具越しに深く染み込んでくる。
エリックは耐えきれず、片膝を突いた。
砂が、静かに舞い落ちる。
「――勝者、ロジェ」
国王の声が、冷たく響いた。
「これより、騎兵隊長の任はロジェに与える」
一瞬の沈黙。
次いで、どよめきが格技場を包む。
エリックは俯いたまま、立ち上がれずにいた。
木剣を握る手だけが、震えていた。
その夜、エリックは深い失望の底にいた。
剣の腕ひとつで、この地位までのし上がってきた男にとって、今日の敗北は
――屈辱そのものだった。
「……ジネット」
家に戻ると、エリックは静かに告げた。
「俺は、騎兵隊長の任を解かれることになった」
ジネットは振り返る。
「……なぜ?」
「ロジェに剣で負けた。
これからは、あいつが騎兵隊長だ」
一瞬の沈黙。
「……俸給は?」
その言葉に、エリックはわずかに目を伏せた。
「……下がるだろうな」
「あ、そう……それは、残念ね」
ジネットはそれ以上、何も言わなかった。
冷えた視線を一度だけ向けると、奥の部屋へと消えていく。
(――もう、俺への情は残っていないのか)
エリックは、その背を見つめたまま思った。
(俺の失意よりも、俸禄が減ることの方が……重いのか)
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