運命を超える冒険譚 ― 剣を置いた英雄 ―
光野るい
第1話 平和という名の影
(――この国は、間違っている)
(正されたはずの国が、なお歪んでいる)
(ならば、いっそ……)
(滅びてしまえばいい)
(革命で救ったはずの民すら、
今の俺には……煩わしい)
(この国も、この国に生きる人間も――
すべて、灰になればいい)
かつて、ノルマニア帝国では国民は重税に喘いでいた。
「働いても、腹は満たされぬ。
だが貴族の宴だけは、年を追うごとに豪華になる」
酒場で、農民がそう吐き捨てた。
それを咎める者はいなかった。
その場にいた誰もが、同じ怒りを胸に抱えていたからだ。
税は増え続けた。
畑から、工房から、家族の明日から――帝国は容赦なく奪った。
「この国は、誰のものだ?」
そう問いかけた声があった。
それが、革命の始まりだった。
やがて国民たちは武器を取り、革命軍を結成する。
その先鋒として、騎兵隊を率いた男がいた。
「我に続け。武器庫は、俺たちが落とす」
短く命じた男――エリック。
彼の声に迷いはなく、騎兵たちは即座に馬を走らせた。
帝国軍の武器貯蔵庫は、一夜で制圧された。
「これで、奴らは剣を振るえない」
「終わりだな……帝国は」
その一撃が決定打となり、皇帝は捕らえられた。
ノルマニア帝国は、血と炎の末に崩れ落ちた。
「革命は、成った」
そう宣言された翌日、
皇帝と貴族たちは公開処刑され、政権は革命軍幹部の手に渡った。
――そして、英雄が生まれた。
エリックは革命での武功を認められ、騎兵隊長に任命された。
国防の要として名を連ね、さらに革命軍幹部の娘、ジネットを妻に迎える。
「あなたのおかげで、この国は生まれ変わったのよ」
微笑む妻に、エリックはただ頷いた。
そして、ノルマニアに平和が訪れた。
そんな平和な日々の中で、十年余りの月日が流れた。
エリックは帝国の幹部として、順風満帆な日々を送っているように見えた。
だが、夫婦の関係はすでに冷えきっていた。
堅実で、日々鍛錬に励むエリック。
優雅な生活を望むジネット。
二人の気持ちのズレは、当初は小さなものだった。
しかし十年という歳月は、それを埋めがたい溝へと変えていた。
二人の間に、子どもはいない。
ある日、エリックは王宮に召された。
「国王陛下。
騎兵隊長エリック、御前に参上いたしました」
エリックは片膝を折り、頭を垂れる。
「面を上げよ、エリック」
低く、重みのある声だった。
玉座に座る国王は長い髭を撫でながら、彼を見下ろしている。
「エリックよ……おぬし、騎兵隊長として何年になる?」
「はっ。十二年、この職を拝命しております」
「十二年か……」
国王は短く息をつき、しばし沈黙した。
「その間、おぬしの尽力によって、
ノルマリアは内乱もなく平和を保ってきた。
その働き、朕は忘れておらぬ」
「……恐悦至極に存じます」
だが、国王の表情は和らがなかった。
「しかしな、エリック。
そろそろ――時代を継ぐ頃合いではないかと思うのだ」
エリックの背に、冷たいものが走る。
「陛下……。
私は、まだ騎兵隊長として果たすべき務めがございます」
「分かっておる。
だが、おぬしも若くはない」
国王は静かに言葉を重ねた。
「ここは一つ、ロジェに隊を任せてみてはどうだ」
ロジェ。
近頃、目覚ましい働きを見せ始めた若き騎兵。
「……もし、ロジェが隊を継いだなら、
私は、どのような立場になるのでしょうか」
「変わらぬ。
これまで通り、騎兵として国に尽くしてもらいたい」
――それは、事実上の降格だった。
(冗談ではない……)
「陛下。
私は、目立った失態を犯した覚えはございません」
「無論だ。
おぬしの忠誠も働きも疑ってはおらぬ」
国王はそう前置きしてから、声を低めた。
「だが近頃、周辺諸国が軍備を強めているとの報がある。
中には、“鉄”を大量に用いた武具を備える国もあるそうだ」
エリックは唇を噛んだ。
鉄――
木と石の武器が主であるノルマニアにとって、それは脅威でしかない。
「おぬしの実直な戦い方は立派だ。だがな、戦は変わる。
戦術も、統率も、新しい知恵が要る時代に入っておる」
国王は、はっきりと言った。
「これまでのやり方では、いずれこの国も攻め滅ぼされかねぬ」
エリックは言葉を失った。
(確かに……俺のやり方は古いかもしれない。
だが――革命のあの日、命を懸けたのは誰だ)
「陛下……!」
エリックは顔を上げ、食い下がる。
「どうか、私に機会をお与えください。
ロジェと私、どちらが騎兵を率いるにふさわしいか――
剣で、お確かめください」
玉座の間に、緊張が張りつめる。
「……ほう」
国王はしばらく考え込み、やがて頷いた。
「よかろう。その覚悟、無下にはできぬ」
国王は護衛に目を向け、命じた。
「者ども。ロジェを格技場へ呼べ。
――王の御前で、勝負とする」
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