第5章:五重奏、A.B.C.D.E.の再起動
アキくんが再びギターを手にしたという知らせは、冬の底にいたフユキの心を激しく揺さぶった 。数日後、スタジオの重い扉を、まるで自らの迷いを断ち切るように蹴り開けて入ってきたのは、ベースケースを背負い、いつになく荒い息をついたフユキだった 。
「……アキ、本当にやるのか。あの日の続きを」 「フユキか。……ああ。ハルタの不協和音がうるさくて、寝てられなくなったんだよ」
車椅子のアキくんが不敵に笑って、錆を落としたばかりの「ディー」を掲げる 。フユキは無言でベースケースを開け、主人の覚悟に呼応するように漆黒のボディが鈍く光る「イー」を取り出した 。
「イー......ようやく重い腰を上げましたね、フユキ。さあ、私を鳴らしなさい。この不器用な季節たちを繋ぎ止めるのは、私たちの仕事です』
五人と五つの楽器が、互いの呼吸を感じる距離で一つの円を描くように並ぶ 。リンコちゃんが中心でノートPCを構え、その瞳に強い決意を宿して深く頷いた 。
「ナツミ、カウント!」 「任せて! ……ワン、ツー、ワンツー、スリー、ゴー!!」
ナツミちゃんのビーが爆発した 。それに負けじと、アキくんのディーが「理想」の鋭い一閃を放ち、僕のシーが泥臭い「現実」のコードを力一杯叩きつける 。フユキくんのイーが、それらすべてを地面に縫い付けるような重厚な低音を這わせ、音の土台を築き上げた 。
最初は、確かにバラバラな不協和音だった 。けれど、リンコちゃんの操るエーが、デジタルとアナログの境界を魔法のように消し去っていく 。デジタル化されたアキくんのギターの残響を引き伸ばし、僕のズレたピッキングをナツミちゃんのドラムの完璧なグリッドへと吸着させていくのだ 。発達障害でいつも世界とピントがズレていた僕の時間 。事故で未来が断絶してしまったアキくんの時間 。過去の傷に縛られて、時を止めていたフユキくんの時間 。リンコちゃんのデジタルとナツミちゃんの熱気が、それらを一つの大きな「今」へと溶かしていく 。
その熱量に応えるように、アキの腕の中で「ディー」が歓喜の叫びを上げた。
『ディー……聞こえるか! この弦の震えが、この魂の咆哮が! 車椅子だろうが何だろうが関係ねえ。俺の主人が指を動かす限り、俺はどこまでだって理想の旋律を紡いでやる!』
『シー……ふん。ようやくお出ましか、錆び付いた翼。だが、この隙間はお前にしか埋められない現実だ。……おいハルタ! 現実を見ろ。お前の周りには、こんなに最高の奴らがいる。行け! 弦をちぎる勢いでいけ!』
僕は叫ぶようにギターをかき鳴らした 。車椅子のアキくんが座ったまま全身でリズムを刻み、理想の旋律で閉ざされた空を裂く 。音の粒子がスタジオの壁を突き抜け、どこまでも広がっていく感覚。
それこそが、僕たちが求めていた、たった一つの「答え」だった 。
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